【三冊筋プレス】社会は消毒できない(米川青馬)

2021/02/01(月)10:45
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ウイルスと悪者を退治したかった2020年

 

 2020年は新型コロナウイルスの年だった。この厄介なウイルスを早く何とかしたい。世界共通の思いだろう。
 多くの日本人は、ウイルスを退治したいと思うあまり、正義の名のもとに「悪者」を退治したいという思いも強めた。たとえば、不倫を犯した芸能人や、何らかの理由で悪役になった者たちを叩いた。企業や社会のウイルスを土下座させて追い出す『半沢直樹』や、ウイルスのように突然現れた鬼を退治する『鬼滅の刃』が人気を得た。延命してきた安倍政権も、あっけなく悪者とみなされて倒れた。
 問題は、正義はしばしば人を傷つけ、殺めるということだ。イプセンの『野鴨』(岩波文庫)では、「正義病」のグレーゲルスが、友人ヤルマールに彼の妻ギーナと娘ヘドヴィクの秘密を明かしてしまう。実は、結婚前にギーナとグレーゲルスの父が関係を持っており、ヘドヴィクはヤルマールの子ではなく、グレーゲルスの父の子だったのだ。グレーゲルスが一家の秘密を暴露した結果、最終的にヘドヴィクが自殺してしまう。
 ヘドヴィクは、どこか木村花に通じるところがある。正義は、痛めつけるべきでない者をときに誤って痛めつける。それは明らかな間違いだとして、では、本当の悪者は退治されるべきなのか。そもそも、本当の悪者とは誰なのか。

 


 

ポリコレが法であるかのような錯誤

 

 悪者を排除しようとする流れは、いまに始まったことではない。綿野恵太は『「差別はいけない」とみんないうけれど。』(平凡社)で、近年強まっている、差別を公然と批判する「ポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)」のうっとうしさ、息苦しさの理由を説明する。
 綿野は、みんなが差別を批判できるポリコレ時代は基本的に望ましいという立場をとる。確かに差別はよくない。明らかに問題のある差別は表沙汰になり、批判を受けたほうがよいだろう。意図的な差別がまかりとおる社会がよいわけがない。
 しかし一方で、ヒトは差別する心を持つ存在であり、誰もが意図せず差別をする可能性がある。差別者が悪で、差別しない者は善とは言いきれない。むしろ僕らは全員グレーで、色の濃さが違うだけなのだ。
 にもかかわらず、現状は、差別した者が犯罪者のように責任を問われる「強い責任理論」(北田暁大)が社会を覆っている。ポリコレがあたかも法であるかのような錯誤が起きている。綿野は、それを「とんでもない責任のインフレ」=「無限の負債」と呼ぶ。グレーである僕らは、全員がいつ差別者として叩かれ、犯罪者のように扱われてもおかしくない日々を送っているのだ。ポリコレのうっとうしさ、息苦しさの正体だ。
 「そのうっとうしさから逃れようと、すべての『負債』を肩代わりしてくれる犠牲の羊を探し出し、『魔女狩り』のように『炎上』させ、『自らの行為をやすんじて免除する』ことが繰り返される」のが、現代社会である。

 


コロナ恐怖は魔女狩りの炎を大きくしたのでは

 

 綿野は差別に限って論じているが、不倫も悪役も同じ構造のもとに魔女狩りされている。付け加えれば、#MeToo運動やキャンセルカルチャーも構造は同じだ。いずれも法を犯していない者が、法を犯したかのように責められている。(なお、日本では明らかな自殺者は木村花だけだが、海外ではリアリティ・ショーや#MeToo運動によって自殺した者が何人もいる。)
 2020年前半の日本では、新型コロナの登場によって、魔女狩りの傾向が一層強まった、と思う。たとえば、東出・唐田の不倫は異常なほどに叩かれたが、原因のひとつは1月下旬というタイミングにあったのではないか。1月17日に日本で初の感染者が見つかり、2月上旬にダイヤモンド・プリンセス号のパンデミックが大きなニュースとなって、恐怖感が一気に高まった。未知のウイルスへの恐怖が、まったく関係のない不倫魔女狩りに転嫁されて炎を相当大きくした、と僕は感じている。同じことは、緊急事態宣言下、日本中に異様なストレスが蓄積された際に起きた木村花の事件にも言える。
 2020年、魔女狩りの勢いは総じて度を越したように見える。

 


ウイルスは敵でもありパートナーでもある

 

 2020年、僕らは新型コロナウイルスを敵とみなした。しかし、ウイルス学者の武村政春によれば、ウイルスは必ずしも敵でない。「細胞性生物にとって、ウイルスは遺伝子の水平移動など進化に重要な役割をはたしてきた、進化上のパートナー」(『生物はウイルスが進化させた』講談社ブルーバックス)でもあるのだ。
 武村やパトリック・フォルテ―ルの仮説では、RNAからDNAに進化する場所を提供したのはウイルス(ヴァイロセル)である。また、真核生物の細胞核は、ウイルスを増殖する「ウイルス工場」から進化したシナリオがありうる。ウイルスなしには、DNAも生物も僕らも存在しなかったというのだ。
 武村の生命観を踏まえると、新型コロナも、もしかすると僕らのパートナーであるかもしれない。確かにいまは天敵だが、無毒化の後に人類の役に立つ可能性だってあるのだ。最新の研究では、ヒトの健康に寄与しているかもしれないウイルスが体内から見つかっている。新型コロナがそうならないとは限らない。

 

[武村政春]の生物はウイルスが進化させた 巨大ウイルスが語る新たな生命像 (ブルーバックス)

 

僕ら一人ひとりの悪は決して消毒できない

 

 撲滅が難しい以上、僕たちはワクチンや治療薬を開発しながら、新型コロナをどうにか受け入れるほかにない。同様に、差別も不倫も悪役も受け入れるほかにない。なぜなら、ヒトは差別や不倫などの間違いを犯しかねない生き物であり、誰かを悪役にする社会を構築した生き物だからだ。
 社会を「消毒」しようとしても、どだい不可能だ。なぜなら、僕ら一人ひとりの悪が、決して消毒できないからだ。もちろん、犯罪は法の定める罰を受ける必要がある。しかし、それ以上の罰が必要なのか。自らの行いによって失うべきものを失い、反省し悔い改めれば十分ではないか。彼らは社会の敵ではなく、一員なのだから。
 法を超えた正しさが罰を与えるようになると、社会はどんどん息苦しくなり、さらなる魔女狩りを誘発するだろう。誤った魔女狩りも多く出るだろう。そもそも「正しい魔女狩り」などあるのか。#MeTooの自殺者たちは自殺すべきだったのか。東出や唐田や渡部や岡村はボコボコに叩かれるべきだったのか。そんなことはないだろう。
 僕には、叩かれた者たちも叩いた者たちも、それについて語る僕も含めて、全員が「どっちもどっち」のように見える。おそらくは誰も正しくない。白い者など、どこにもいない。
 「なあに、人生もまんざら捨てたもんじゃないさ、ただ、あの理想の要求なんてものを、相手かまわず押売りしにやってくる例のお節介が、われわれ貧乏人をそっとしといてくれさえすりゃね」。『野鴨』の登場人物、レリングのセリフだ。僕らはいま、理想や正義は危険でもある、と思い出したほうがよいのではないか。

 

Info


⊕アイキャッチ画像⊕
∈ヘンリック・イプセン『野鴨』(岩波新書)
∈綿野恵太『「差別はいけない」とみんないうけれど。』(平凡社)
∈武村政春『生物はウイルスが進化させた』(講談社ブルーバックス)

 

⊕多読ジム Season04・秋⊕
∈選本テーマ:2020年の三冊

∈スタジオだんだん(新井陽大冊師)
∈3冊の関係性(編集思考素):三間連結型

 

 『野鴨』
   ↓
 『「差別はいけない」とみんないうけれど。』
   ↓
 『生物はウイルスが進化させた』

 

⊕著者プロフィール⊕

∈ヘンリック・イプセン

(Henrik Johan Ibsen、1828年3月20日~1906年5月23日)ノルウェーの劇作家、詩人、舞台監督。近代演劇の創始者であり、「近代演劇の父」と称される。シェイクスピア以後、世界でもっとも盛んに上演されている劇作家とも言われる。代表作には、『ブラン』『ペール・ギュント』『人形の家』『野鴨』『ロスメルスホルム』『ヘッダ・ガーブレル』などがある。自身はノルウェーを嫌い、長くドイツやイタリアで生活したため、ノルウェーの国民作家という意識は薄かったが、現在は国の象徴、そして世界史上最も重要な劇作家の一人として尊敬され、長らくノルウェーの最高額面の1000クローネ紙幣にその肖像が描かれていた。

 

∈綿野恵太

1988年大阪府生まれ。元出版社勤務。詩と批評『子午線』同人。論考に「谷川雁の原子力」(『現代詩手帖』2014年8-10月)、「原子力の神──吉本隆明の宮沢賢治」(『メタポゾン』11)、「真の平等とはなにか? 植松聖と杉田水脈「生産性」発言から考える」「『みんなが差別を批判できる時代』に私が抱いている危機感」「大炎上したローラ『辺野古工事中止呼び掛け』をどう考えればよいか」(以上三篇、いずれも「現代ビジネス」講談社)など。

 

∈武村政春

1969年、三重県津市生まれ。1998年、名古屋大学大学院医学研究科修了。医学博士。名古屋大学助手などを経て、現在、東京理科大学理学部第一部教授。専門は、巨大ウイルス学、生物教育学、分子生物学、細胞進化学。著書に『DNA複製の謎に迫る』『生命のセントラルドグマ』『たんぱく質入門』『新しいウイルス入門』『巨大ウイルスと第4のドメイン』(いずれも講談社ブルーバックス)のほか、『レプリカ~文化と進化の複製博物館』(工作舎)、『DNAの複製と変容』(新思索社)、『ベーシック生物学』(裳華房)、『マンガでわかる生化学』(オーム社)など多数。趣味は書物の蒐集、読書、ピアノ、落語、妖怪など。


  • 米川青馬

    編集的先達:フランツ・カフカ。ふだんはライター。号は云亭(うんてい)。趣味は観劇。最近は劇場だけでなく 区民農園にも通う。好物は納豆とスイーツ。道産子なので雪の日に傘はささない。