【三冊筋プレス】終わりは始まり(福澤美穂子)

04/20(月)10:03
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 炭の匂い。つくばいの音。十二年に一度使う茶碗。お茶のお稽古には新鮮な懐かしさの発見に満ちている。

 日本の季節って豊かだな、お茶の稽古っていいなあ、としみじみ思わされるのが『好日日記』。茶道の稽古を通じて敏感に感じ取った生活の中のささやかな変化を、丁寧にさりげなく言葉と絵にしている。自然と暮らしが調和して、40年通い続けた稽古場で「今ここ」の一瞬が立ち上がる。道具がもたらす先人の知恵、季節との対話、師の教え。継続と継承。 季節のめぐりの中にいる私たちは、陽光や雨音に癒される。「疲れたら、季節の中にいればそれでいい。流れのなかにすべてを預けていい」と著者の森下典子はいう。
 初釜で華やぐ小寒、梅が香る立春。光の筋に春を見つけた雨水、炉から風炉に模様替えする立夏、瀧の掛け軸に涼を感じる小暑。木犀の香る寒露、木枯らしが吹き荒れ落ち葉いっぱいの小雪、「終わり」は「始まり」の冬至。
 天地のあいだに、季節はある。すべては天地の氣が人間の生命力を高めていると気づいたのは、心身統一合氣道の開祖藤平光一だ。生きているとは「身体の氣が天地の氣と交流していること」。『「氣」で病を癒す』では、天地に満ちる生命エネルギー“氣”について、信じがたい数々の実例と、今日からでも実践できるシンプルでわかりやすい方法を教示する。「人間は本来、健康的なのが当たり前」という信念はあっけらかんとしていて清々しい。
 戦時中の大陸で、自身の目や兵隊たちの腹痛を氣圧療法で治していた藤平だ。その言葉には一滴の真実が含まれていて、心身統一の四大原則は知っておいて損はない。
 氣がほとばしり出て一番強い状態は、力を抜いて天地に任せたとき。「本当のリラックスができてこそ、コンセントレーションは生まれる」と藤平はいう。
 「氣」は、中国では龍の呼吸といわれる。龍は、中国でもっとも代表的な妖怪だ。中国文化にひそむ文字と図像のとびきりの解読者であり『西遊記』研究の第一人者中野美代子は、妖怪を「動物や植物などが現実の生態をこえて、人間の観念に現前するもの」と定義する。問題は実在よりも、具体的なイメージなのだ。
 有角の蛇が描かれた双六盤、角と足と翼を持つ蛇の玉佩。古代王国の遺跡から出土したこれら幻の動物たちは、妖怪だ。中野は文献や図像、漢字を紐解き、美術史学や文化人類学を援用して妖怪の生まれる原理に迫っていく。古代人の縦横無尽な想像力を追いかけていくスリリングな著書が『中国の妖怪』だ。 幼児に紙と鉛筆を与えるとぐるぐると渦巻を描こうとする。渦巻は無限と循環のシンボルだ。世界のあちこちで見られる。渦巻文の運動のリズムが、雷文、巴文、卍文と多様な文様を生み出す。抽象的な図形に蛇の生命力が重なって動物文に発展する。聖なる角と足が生え、龍が生まれる。文様から抜け出して、絵画や彫刻など造形美術の主役へ、そして天空へ。河南省隴西寨から出土した星宿図には、天翔ける龍がいる。
 宇宙にまで妖怪のイメージは躍動する。風水では活力ある山の尾根を龍脈といい、理想的な地形を龍穴という。龍の呼吸すなわち「気」は風を生じ、風は雨を呼び、地に水をもたらす。天地は呼吸している。
 茶室にも、風が吹く。「しゅーーーーー」と釜が鳴る音を「松風」という。自分の心の真ん中にゆったり座り、力を抜きリラックスして、天地に、季節のめぐりの中に身を任せる。「今日は、今日の私で行くしかない」と息を吐く。淡々と手を動かす。「その日その時の自分を無欲で生きた」ときに、はからずも手に落ちてくる完璧なお点前。
 漢の武帝は龍を飼い馴らし、美術や文学の材料として「型」の中に取り込んだ。権力と結びついた高名な妖怪だけが聖性を誇示するようになり、妖怪は衰退する。
 茶道も合氣道も、型稽古である。安定した「型」には、しかし本来のたくましい生命力が潜んでいる。自己増殖エネルギーにあふれ、海や山において多様に存在し、人間の論理を越えた計り知れない存在の妖怪たち。原初の自然のエネルギーが「型」には息づいている。
 「変わらないものなど何もない。ずっとこのままではいられない」と森下はいう。季節はめぐる。龍の氣は絶え間なく天地と身体をめぐる。天地に囲まれて循環する季節の中を、私たちはただ生きている。
 「変化すること、これがいちばん不変なこと」という校長校話の言葉を思い出した。多読ジムseason01冬の仕舞いの日は過ぎて、次の春がやってくる。
 
 

●3冊の本:

 『好日日記』森下典子/PARCO出版 
 『中国の妖怪』中野美代子/岩波書店
 『「氣」で病を癒す』藤平光一/サンマーク文庫

 

●3冊の関係性(編集思考素):循環する三間連結


  • 福澤美穂子

    編集的先達:石井桃子。夢二の絵から出てきたような柳腰で、謎のメタファーとともにさらっと歯に衣着せぬ発言も言ってのける。常に初心の瑞々しさを失わない少女のような魅力をもち、チャイコフスキーのピアノにも編集にも一途に恋する求道者でもある。

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