【三冊筋プレス】江戸を蔽う笑い(猪貝克浩)

2021/10/26(火)09:17
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〇色と結ぶ笑い

 徳川の世は文武両道を奨励したが、『好色一代男』は女色男色の両刀使いの活躍だった。色事の早熟、苦心惨憺な色事修行、お大尽としての遊蕩三昧と続く世之介の一代、前半生は女難の連続といっていい。

 横恋慕した女に薪で頭を打たれ、塩竃の巫女に懸想して亭主から片小鬢を剃り落とされ、捨てられた女たちの生霊死霊は矢継ぎ早に世之介を襲う。胴が魚の女は鯉屋の小まん、嘴を鳴らすのは樵の娘、高尾の紅葉見ゆかりの女房は楓のような手の持ち主、その連想の遊び具合は、一昼夜の間に発句を作る数を競う「矢数俳諧」を発明して名を馳せた俳人西鶴ならではだ。

 

 「善良な性的道義観念に反する」性愛描写は時の権力からにらまれるのは世の常のこと。『好色一代男』を訳した吉行淳之介もわいせつの判断をめぐる「四畳半襖の下張事件」では被告側証人として法廷に立った。吉行は「笑し、おかし」を『好色一代男』の最多多出ワードだという。女郎や太夫に溺れる世之介のお大尽ぶりも笑いを誘うが、色を求めての苦難のさまにより可笑しみを感じる。子を捨て親からも勘当された世之介は、女色に限らず若衆、念者、小草履取(美少年)との付き合いにも余念がない。公序良俗に反する『好色一代男』を描いて西鶴は、幕府の御威光どこ吹く風と色と笑いで洒落のめした。

 

〇怨に潜む笑い

 西鶴の『好色一代男』からほぼ1世紀の後、浮世草子の最後の旗手となった上田秋成は中国白話小説に材をとり『雨月物語』を著した。

 衆道(男色)は寺でも盛んだ。病で亡くなった童子の腐肉をすすり、骨をしゃぶった阿闍梨は鬼となる。男女の色事も様変わり。帰らぬ夫を待ち焦がれて死んだ女は、七年後に戻った夫と一夜の契りをむすび、また、怨みで鬼となった妻は、自分を捨てた夫の命を奪う。この世の者とは思えない美女に姿を変えた白蛇は、執着した男をどこまでも追いかけてまとわりつく。

 上田秋成は生来虚弱で、五歳のとき悪性の痘瘡にかかり、右の中指と左の人差し指を失った。無腸(蟹の意)の号を名乗るが、これは手の障害にちなんだものだ。『雨月物語』を剪枝崎人の名で出版した。指を切り落とした変わり者という意味か、セルフ・パロディの強さがうかがえる。

 

 石川淳は「佳人」で、「自意識の壊乱をドラマ化し、かつ、それを書くこと自体を戯画化する」セルフ・パロディを方法化して作家デビューした。また、戦中に刊行した「マルスの歌」は、戦争遂行への否を表明し発禁となった。不服従の人である。西行に孟子の易姓革命を説く崇徳院の怨霊、その荒ぶる姿を描く上田秋成にひとかたならぬ親近感を寄せていたに違いない。石川は怨霊、反逆者、男色、鬼、食人、変身、異類婚姻譚と、社会に背く物語である『雨月物語』を、闇の中からの哄笑を聞きながら『新釈雨月物語』として現代訳した。

 

〇悪と競う笑い

 国文学者の廣末保は「悪場所」と呼ばれた芝居と遊廓にこそ、近世の民衆のエネルギーの源泉があると見た。廣末は『四谷怪談―悪意と笑い』を日本がバブル経済に突入する直前の1984年に刊行する。すでにこのとき、現代の「悪場所」は社会から見えにくいように隠され、猥雑なものは撤去され、都市はクリーンに標準化されようとしていた。

 

 鶴屋南北作の歌舞伎狂言『東海道四谷怪談』が『忠臣蔵』のアナザーストーリーとして江戸中村座で初演されたのは1825年(文政8年)で、社会は崩壊期に入っていた。狂言作者である鶴屋南北は喜劇化、パロディ化の名手だ。南北は共存しえないものをないまぜの方法で喜劇的に共存させる。無秩序こそ南北の劇作術であった。

 

 序幕の舞台は浅草寺境内、藪の内にある地獄宿。ここで離ればなれになっていたお袖と与茂七夫婦が売春宿の女と客の立場で再会し、ドタバタ喜劇を演じる。すでに女郎の意気地も粋な色好みも姿を消した。「浅草裏田圃の場」で、お袖、お岩の姉妹は父と夫を殺される。その愁嘆を横目に、直助、伊右衛門は舌を出し、お道化た仕草をする。二幕目で、面体の崩れたお岩に伊右衛門は残忍な悪を発揮する。この時代、美しい幽霊では悪と笑いに拮抗することができなくなっていた。幽霊とお化けの一種合成の形として、グロテスクなお岩の顔ができあがる。お岩の亡霊は、伊右衛門を惑わし、喜兵衛と娘・お梅の生首を床の上に転がせて、ここに伊右衛門とお岩、二つの悪が競演する。恐怖と笑いは背中合わせ、悪は観客を魅了した。                    

 

〇笑いの共振

 『好色一代男』の色、『雨月物語』の怨、『東海道四谷怪談』の悪。それぞれの身振りに笑いが共振を起こしている。遊郭、男色、革命、反逆、『忠臣蔵』の外伝を描くことは、その当時の支配的な権威への異議申し立てを含んでいた。そこに生じる笑いは、抑圧するものを取り払おうとするかのように、ひとを揺さぶる。そうであるならば、わたしたちは日々消息する笑いの数々に目を凝らして、その振幅力を計ってみるのも良いだろう。笑いのなかには鬱屈としたいまを突破する力が秘められているのだから。

 

 

Info   

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  • ⊕アイキャッチ画像⊕

∈『好色一代男』井原西鶴、吉行淳之介訳/中公文庫

∈『新釈雨月物語』石川淳/角川文庫

∈『四谷怪談 ―悪意と笑い―』廣末保/岩波新書

 

  • ⊕参考千夜⊕

∈618夜『好色一代男』井原西鶴

∈447夜『雨月物語』上田秋成

∈949夜『東海道四谷怪談』鶴屋南北

 

  • ⊕多読ジム Season07・夏⊕

∈選本テーマ:笑う3冊

∈スタジオ凹凸(景山卓也冊師)

∈3冊の関係性(編集思考素):三間連結型

『好色一代男』→『新釈雨月物語』→『四谷怪談 ―悪意と笑い―』

 


  • 猪貝克浩

    編集的先達:花田清輝。多読ジムでシーズン1から読衆として休みなく鍛錬を続ける日本で唯一のこんにゃく屋。妻からは「人の話が聞こえていない人」と言われてしまうほど、編集と多読への集中と傾注が止まらない。茶道全国審心会会長を務めた経歴の持ち主でもある。

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