【三冊筋プレス】うたかたの歌語り継ぐ夢ピアノ(細田陽子)

10/26(月)10:08
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 時の流れに消えゆくこの想いを誰かに伝えたい。
 ずっと遠くへ、その先へ。できるだけ美しいままに。
 想いを載せる器を求め、人はいつも手探りでその答えを求めていた。

 

 湯川秀樹の食指が動いたのは随筆であった。幼い頃から漢籍に親しみ、文学にも造詣が深く童話作家にも憧れていた湯川は、数多くの文章を遺している。今も、エッセイ集『科学を生きる』で、彼の折々に綴られた心情を知ることができる。
 湯川が、物理学に向かったきっかけは、高校時代に、当時ヨーロッパで、物理学が激動の時代を迎えつつあることを知り、「物理学の研究をするのは大いにロマンチックなことだ、と思った」(「自己発見」)から。
 初めて訪欧した直後に第二次世界大戦が開戦し、やむなく帰国の途につく事件があった昭和15年の一文では「自然は曲線を創り人間は直線を創る」(「自然と人間」)と喝破し、専門の物理学に限らぬ「人間としての存在の全体」とのかかわりを思索していた。
 戦禍を経た直後には「一度失った詩は、もはや科学の世界にはもどってこないのだろうか。」(「詩と科学」)と嘆きつつ、「私の中にあって、何十年にもわたって、私を動かし続けているのは、未知の世界へのあこがれである。私にとって、それは美しい世界であると期待されている。」(「自己発見」)と希望をつなぐ。
 科学と文学を交叉させたアイダからは、湯川の発見した「中間子」的なものの存在が見え隠れする。
 理と文の境界を自在に行き来する、みずみずしい好奇心や空想力の源泉といえる童心をもち続けた湯川秀樹の言葉は、時代を超えて今を生きる者に響いてくる。

 

 万葉の人々にとっても、人の営みや言葉は、その瞬間から消え去っていくものであり、その時々の想いを遺し、未来に伝えたいという意志が、歌で語り継ぎ文字で記し継ぐ文化を生み出してきた。
 万葉集学者の上野誠は『万葉集から古代を読みとく』で、古代日本人が生み出した器の構造を追っている。
 辺境の島国に暮らす日本人は、その心情を未来に伝え残すために、他国の文化である漢字による日本語の文字化を試みた。当時の知識人は、漢字を編集して日本語を結ぶことに挑戦したのだ。その表現方法は「組み合わせ」と「ずらし」であり、集大成の成果が『万葉集』に結実した。ここにおいて、あらすじを漢文で語り、心情部分は歌を核にして語らせる、という型を確立したのである。

 この二つを組み合わせて物語を編集する表現の流れは、歌集から日記文学、物語文学へと発展する日本風の想いを伝える型となり時代をこえたのだった。
 かくて、「誰そ彼」と古代の歌に記された問い掛けは、現代に記し継がれ、「君の名は。」と、アニメ映画で結び、問答歌を交わしたのだった。
 『万葉集』は言葉の文化財である、と上野はいう。
 そこには過去と今と未来を貫き人と人のココロを結ぶ歌がある。歌こそは、消えゆくものを残さんとする心情の歴史を伝える器であることを明らかにしたのだ。

 

 湯川の中間子的存在や上野の『万葉集』が、人の想いを結ぶ器とすれば、T.E.カーハート『パリ左岸のピアノ工房』では、ピアノが記憶再生装置であった。
 語り手の「わたし」はカルチエ・ラタン裏通りに佇むピアノ工房でピアノ職人リュックと出逢い、その卓越した再生技術と目利きに惚れ込んで、交流を深めていく。あたかも20世紀が暮れようとしている時代だ。
 アトリエでは、この百年近くの間に愛するピアノという厄介な荷物を引きずって、ヨーロッパ大陸を移動した人々の栄枯盛衰を目のあたりにすることができた。
「人生は川のようなものだ」「わたしたちはだれでも浮かぶ船を見つける必要がある」とリュックは言う。
ピアノを奏でる歓びは、パリに住む余所者のアメリカ人だったわたしの世界を、音楽を愛する人々とつなげ、広げていった。時に、音楽仲間のピアノ伴奏者のこんな言葉が琴線に触れたりする。「ピアノははっきりしていて、正確で、言葉の狭い意味で完璧だ。けれども、歌はわたしに夢を見させてくれる」
 調律師は、科学者であり、アーティストであり、心理学者でもある。この巨大な木と鉄の塊のメカニズムを熟知し、その指先から鍵盤にそそぎこむ力で、ありとあらゆる音へのドアを開いてひとつひとつの楽器のなかに宿らせているピアノの詩学ともいうべき幾多の思いを呼び起こす。
「夢のピアノは何台あっても多すぎることはないんだよ」とぽつりと語るリュック。
 きっと今も夢の一台を見つけ、その手でピアノ本来の音色を蘇らせて、その音を継ぐ者に手渡しているに違いない。

 

 ピアノは、その器に歴史を背負い、楽譜から読み解かれたメロディを、今ココに生きる人の手で鍵盤を押す物理的運動から、音楽という文化を再現し、人の五感に届ける。
 人の想いを文とし、伝える技術を理とみれば、ピアノは、文理融合の象徴的存在だといえよう。
 再生する者があると確信できるからこそ、私たちは、想いを器に託し、未来の誰かに手渡すことができる。

 その時代によって器は千差万別だ。読み解く者の力量も技術も左右するだろう。それでも、希望があるからこそ、人は今日も語り歌い継ぐのだ。
 明日を生きる「あなた」のために。

 

 

●3冊の本:

 『科学を生きる』湯川秀樹/河出書房新社(河出文庫)
 『万葉集から古代を読みとく』上野誠/筑摩書房(ちくま新書)
 『パリ左岸のピアノ工房』T.E.カーハート/新潮社

 

●3冊の関係性(編集思考素):一種合成型


  • 細田陽子

    編集的先達:上橋菜穂子。地方公務員らしく綿密なプランニングで師範代として学衆を全員卒門に導く。学び手としても歩みを止めず、ならぬ鐘のその先へ編集道を邁進中。貸し農園で収穫した野菜のレシピなど日常にも編集を活かしている。