【三冊筋プレス】英雄物語が僕らを悪から救う?(米川青馬)

10/02(金)10:48
img

 社会起業家、ポリコレ、NGOにNPO。現代は「世界を良くしたい人」で溢れている。僕はそのことに内心違和感を覚えている。いや、世界を良くしたいという気持ちはわかるのだ。しかし果たして、僕らは本当に世界を良くできるのか。それがちっともわからない。


 佐藤優『神学の思考』『神学の技法』によれば、キリスト教(プロテスタント神学)はその問いに明快に答えている。「人間は、神の力なしには世界を良くできない」と。なぜなら、人間は生まれながらに原罪を持っており、必ず悪を犯してしまうからだ。そのため、キリスト教では、人間が造りだした文化や社会制度に肯定的価値を付与することは、根源においてできない。また、人間の知性を信用せず、学識や科学技術に対しても究極的な信頼を寄せず、人間の良心にも積極的な価値を付与しない。さらに、人間の恣意的革命によって悪を除去することは、より大きな悪を導き出すことになると考え、革命を否定する。キリスト教の本質は「アンチ・ヒューマニズム(反人間中心主義)」なのだ。完全な善は神だけで、人間が善をなすときは神の力が関わっている、と考える。
 僕は、この説明がかなり腑に落ちている。もちろん証拠はない。論理的とも言えない。でも「世界を良くすること」について、これ以上納得のいく説明を聞いたことがない。だって、これまで人間が世界を良くできたように見えないからだ。もちろん、たとえば「豊か」にはなった。古代人からすれば、夜中にコンビニで空腹を癒せるのは奇蹟だろう。しかし僕らは、それで世界が良くなったとは感じていない。他方で変わらず悪がはびこっている。人間から悪が生まれ続けているからだ。


 佐藤優が紹介していた村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』には、ある悪が描かれている。多崎つくるは大学2年のある日、高校時代から親密だった4人の友人に拒絶され、半年間、死ぬことだけを考える。26年後、彼は友人たちにその理由を聞きに行く。その原因は、友人の1人・ユズが、つくるにレイプされて子どもを孕んだ、と嘘を言ったためだった。確かに彼女は妊娠しており、気が滅入るくらい詳細にリアルに状況を描写したため、他の3人は彼女の言いぶんをそのまま受け入れないわけにはいかなかったのだ。
 友人・クロはこう打ち明けた。「あの子には悪霊がとりついていた」「そいつはつかず離れずユズの背後にいて、その首筋に冷たい息を吐きかけながら、じわじわとあの子を追い詰めていった。そう考える以外にいろんなことの説明がつかないんだ」。おそらくユズは本当につくるにレイプされたと思っていた。その結果、つくるは友人の輪から排除された。レイプ犯の悪意がユズの悪霊を通してつくるに伝わり、小さな悪がなされた。それはたまたま、つくるの人生に大きな負の影響を与えた。
 世間にはこんな話がいくらでもある。キリスト教はそれを深く理解していた。「人間が生きている世界は、神が存在しない世界なのです。それだから、神とのつながりを失った人間が、悪霊に引き寄せられてしまうことはよくあります。その結果、悪霊に取り憑かれた本人は死にいたり、周囲も悪霊の力により、苦難に巻き込まれます」(『神学の思考』)。こうした小さな悪と、戦争のような大きな悪はつながっている。たった1人の死が第一次世界大戦を引き起こしたことからもそれは明らかだ。


 では、大小の悪に満ちた世界で、僕らはどう生きたらよいのか。キリスト教は「神が人間について語ることに虚心坦懐に耳を傾けよ」という。そうすれば、神はあるとき、その人を名指しするかもしれない。「神が名指しをすることによって、名指しされた人間は、その全人格的責任を負って応答する義務を持ちます。これが召命の本質です」(『神学の思考』)。召命に応えて一生懸命に生きるほかに、善の道、救済の道はない。その際、悪によって苦難に遭遇するのも、救済の過程だという。
 苦難に遭遇しながら、召命に応える。これは「英雄物語」の骨格だ。ジョセフ・キャンベルが証したとおり、宗教と英雄物語は太く結びついている。キリスト教も例外ではない。つまり、僕らは自らを英雄にすることで、はじめて救済されるのだ。だとすると、現代はメディアを通じて、宗教色の薄い英雄物語=世俗化したキリスト教信仰が広まっていると見るのがよいのではないか。ただ、それで救済されるのかはよくわからない。なぜなら、何が召命かを見極め、信じて進むのが難しいからだ。
 別れ際、クロはつくるに言う。「生き残った人間には、生き残った人間が果たさなくちゃならない責務がある。それはね、できるだけこのまましっかりここに生き残り続けることだよ。たとえいろんなことが不完全にしかできないとしても」。そのとおり、たぶん僕らは自らの召命を疑問に思いつつ、召命に向き合い、不完全に生き残るので精一杯だ。それなら、それで十分ではないか。

 

●書名:

『神学の思考』佐藤優/平凡社
『神学の技法』佐藤優/平凡社
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹/文藝春秋

 

●3冊の関係性(編集思考素):一種合成型


  • 米川青馬

    編集的先達:フランツ・カフカ。ふだんはライター。号は云亭(うんてい)。趣味は観劇。最近は劇場だけでなく 区民農園にも通う。好物は納豆とスイーツ。道産子なので雪の日に傘はささない。