巣の入口に集結して、何やら相談中のニホンミツバチたち。言葉はなくても、ダンスや触れ合いやそれに基づく現場探索の積み重ねによって、短時間で最良の意思決定に辿り着く。人間はどこで間違ってしまったのだろう。
今回の新型ウイルスは、感染していても発症しない場合もあるというので厄介だ。「見えないもの」と言えば、差別やいじめなどもある。そして、このウイルスが世界中に蔓延したことで、社会機構の抱える問題など改めて見えてきたこともたくさんある。
「見る」とは、目で認めること、物の存在や形などを目でつかむこと。チェコの哲学者ミハル・アイヴァスは言う「見るということは既知の感覚の網に入り込むことであって、この感覚を通して命が宿らないものは私たちには見えないのと同然だ」と。
アイヴァスは、プラハを舞台に、薄明かりの隘路やクローゼットの奥に息づくもうひとつの空間を描いた。現実の世界の外側に広がる私たちの世界の源が、さまざまな形をとって隠れている世界の、ガラス越しの雪灯りのように気配を伝えてくる生活者と生物たちに気づかぬふりをして、人は通り過ぎる。二つの世界の境界に立ちつくし、自身の存在すら見失いそうになる主人公は、さながらアマゾンの未開の森を彷徨う文化人類学者だ。
時空を超えて思考する「悲しい熱帯」の著者で後に構造人類学を打ち立てるレヴィ=ストロースは、調査旅行の終盤で、まさに消えて行こうとしている先住民族と出会う。通訳も伴わない調査で中途半端な報告しかできないのであれば、自分が入手した情報が、パリ郊外の森の出来事ではないことを証明することすらできないのでは、と思う。そして目の前にいる先住民たちの本当の姿が、見えてはいないかもしれないことに気づいたのだ。
環境ジャーナリストの石弘之は、人類は有史以来、幾度も感染症と対峙し、勝率は一勝九敗で、負け続けだと言う。しかしその歴史の中で人類は免疫を獲得し、体内にウイルスを取り込み共存、その恩恵を受けていることがわかってきている。哺乳類の胎児は母親の胎内にいる間、ウイルス由来の遺伝子の痕跡を持った膜で覆われ守られている。人類とウイルスは、太古から、目には見えない形で繋がり互いに支え合ってきたのだ。
人間とウイルスの間のこの深部における密接なコンタクトをヒントに、奇しくも明るみに出てきた国際社会の奥に潜んでいる不足や不満に目をそらすことなく、よく見て、この先に訪れる社会構造の変化に備えられないか。
レヴィ=ストロースが言うように、社会構造こそが人間を作るのだとすれば、今「見る」と言う術について考え、実行に移す時だ。
●3冊の本:
『悲しき熱帯』レヴィ=ストロース/中公クラシックス
『感染症の世界史』石弘之/洋泉社
『もうひとつの街』ミハル・アイヴァス/河出書房新書
金 宗 代 QUIM JONG DAE
編集的先達:夢野久作
最年少《典離》以来、幻のNARASIA3、近大DONDEN、多読ジム、KADOKAWAエディットタウンと数々のプロジェクトを牽引。先鋭的な編集センスをもつエディスト副編集長。
photo: yukari goto
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