【三冊屋】落下するマダニ 転移する琵琶法師(高木洋子)

09/04(金)10:38
img

 生物たちが独自の知覚と行動でつくりだす世界を「環世界(Umwelt)」という。おなじ時間と空間を共有しているが、どの生き物もそれぞれに違う世界を生きている。

 「世界はひとつ」と信じて生きてきた人間たちにとって自分という輪郭が崩れる概念ではないか?


 この「環世界」がちょっとユニークなマダニの生態をみてみよう。マダニは木の上に棲み、じっと通りかかる獲物を待ち続ける。そしてたまたま通りかかった獲物の発する微量な酪酸の匂いを察知し、体温で位置を感知して獲物の下に落下して吸血する。これらの一連の営みがマダニの「環世界」なのだ。
 一方、人間の「環世界」の研究は進んでいないが、特異な「環世界」をもつ盲目の琵琶法師をみてみよう。彼らは暗闇に住み、聴覚と皮膚感覚で世界を体験する。

 人間の知覚の大部分を占める視覚の統御から解放された琵琶法師はその自己の輪郭や主体のありようは常人とは異なるものだった。そんな心身の状態は異界に住む見えないモノの波動と同調でき、そのざわめきを声という語りによって代弁することができた。

 自己の輪郭がないがゆえに容易に転移されるシャーマニックな職能をもっていた。琵琶法師が途絶える今ではこの霊威を発する不思議な「環世界」は知り得ない事が多くある。


 「環世界」はどうも視覚優位で物質主義の現代人からは姿を隠している世界のようだ。置かれた環境に埋め込まれた存在として自分を捉えてみる。マダニのように嗅覚や触覚をたより、琵琶法師のように視覚以外の感覚を研ぎ澄ますとその世界は少しずつ現れるのかもしれない。

 

●3冊の本:

 『生物から見た世界』ユクスキュル/岩波文庫
 『目で見るものと心で見るもの』谷川俊太郎他/草思社
 『琵琶法師』兵藤裕己/岩波新書


  • QUIM JONG DAE

    編集的先達:Seigow・M. 最年少典離以来、幻のNARASIA3、近大DONDEN、多読ジム立ち上げ、2020オープンのエディットタウンと数々のプロジェクトを牽引。先鋭的な編集センスをもつエディスト副編集長。

  • 「倍返し」できたかどうか 校長ゼッコーチョー【20周年感門之盟】

    それにしてもコレ、すごいね。「倍返し」できたかどうかわからないけれど。   番組「校長ゼッコーチョー」に出演した松岡正剛校長は、第74回感門之盟エディットジャパンのタブロイド紙「EDITOR SHIP」を絶賛し […]

  • 【三冊筋プレス】黄色い本 セイゴオ・Mという名の先生(金宗代)

    「いつもいっしょでした/たいがいは夜/読んでないときでさえ」    北国の田舎町に暮らす17歳の高校生・実ッコこと田家実地子(たい・みちこ)[※01] は、図書館からロジェ・マルタン・デュ・ガール『チボー家の人 […]

  • 【三冊屋】「見る」という術(田中泰子)

    今回の新型ウイルスは、感染していても発症しない場合もあるというので厄介だ。「見えないもの」と言えば、差別やいじめなどもある。そして、このウイルスが世界中に蔓延したことで、社会機構の抱える問題など改めて見えてきたこともた […]

  • 今日は何の日? GOZスタート!!!!!!!!!

    今日は何の日? 正解は「防災の日」。祝日ではありませんが、敬老の日や勤労感謝の日のように、その名のとおり、災害についていろいろ考えてみましょうという日なのですが、なぜ9月1日が防災の日なのか知っていますか?   […]

  • 【三冊屋】コロナの次代を切り拓くために(大塚宏)

    新型コロナウィルスが蔓延し、社会は根本的な見直しを迫られた。見直さざるを得ないと誰もが感じた。かねてより気になっていた『免疫の意味論』に取り組むべき時が来た。    『偶然と必然』と『コロナの時代の僕ら』の三 […]