【多読ジム】Bizarreな技法-千夜リレー伴読★1781夜『回想 フランシス・ベイコン』

2021/09/08(水)08:53
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「bizarre」。

 

 ベイコンの絵画を鑑賞して、最初に頭に浮かんだ言葉です。
 見慣れない英単語かと思いますが、病理診断でたまに登場する変わった医学用語でもあり、「奇妙な、奇怪な、異様な」という意味です。ラテン語の“bis”は、斜めゆがみという意味が含まれているといいますから、bizarreは、ゆがんだりいびつであったりする様子を指すのでしょう。校長から特にフォントデザインを高く評価されているデザイナーの穂積くんには、ぜひ「bizarreフォント」を編み出していただきたいです。

 

 そんな禍々しい雰囲気を纏っているbizarreという英単語が、ベイコンの絵画を表すワードとしてすぐに連想されたのです。病理医の性で、bizarreな腫瘍細胞の形態のイメージをベイコンの絵画に重ねたからでしょう。これ以上ないほどに正常細胞の形態から逸脱し、ゆがみきったbizarreながん細胞たちは、恐ろしくて悲しい様相を顕微鏡下にさらけ出すのです。エントロピーの増大に逆らえず、自滅していく様は、ベイコンの絵画と共通する悲哀をはらんでいるように見えます。ベイコンの絵画は、bizarreながん細胞と似ていて、ベイコンが表現したかったのも存在の悲哀なのではないか、と勝手にアブダクションしました。

 

bizarreながん細胞

 

 

 ベイコンの編集技法とその素晴らしさについて、千夜では3つのポイントで説明してくれています。

 

 ”ひとつは肖像を咆哮させ、肉体をねじ曲げ、これを背景とのコントラストの中に設置したことだ。”

 

 ベイコンは、ベラスケスの「教皇インノケンティウス10世の肖像」のように“翻案”作品もありますが、ベイコンの翻案のメソッドは、本来の肖像の輪郭をゆがませいびつにする特徴があります。肖りの拒否とでも言えそうなその技法は、人間の醜悪さを増幅、強調させ、不安や恐怖といったメッセージを投げかけています。

 

 ”二つ目はやはりのこと、トリプティクのすばらしさだ。三連画の圧倒的なプレゼンテーションの力は、ともかく鬼気迫る。”

 

 無理矢理、トリプティクを編集工学的に表現すれば、”アナロジカルな三段論法的カット編集術”とでもいえるでしょうか。この方法で、ゆがんだ対象に動きがもたらされ、必然性と物語性が生み出されます。

 

”三つ目は、ベイコンが絵画の中に描いている枠や囲みの線だ。”

 

 これはひとつめのポイントとつながると思いますが、”配置と動向”にその秘密があるように思います。枠や囲みの線は、社会が引いた秩序とルールに見えます。それらの杓子定規な枠組みの内側で、bizarreな輪郭を持つ対象が喘いでいるようにも見え、一層、悲しみが増すようです。

 

 一方で、ベイコンの絵画から、ほとばしる生命力が感じられるのも事実です。抑制していたエネルギーが放出される一歩手前の蠢きは、観る者を熱くします。
コロナ禍におけるひどく息苦しい生活の中で、ベイコンの絵画を鑑賞しながら、対象にその苛立ちを解消してもらえるようにも感じます。

 

 それにしてもベイコンのトリプティクという手法は、類をみないものですね。千夜にも例示されているように、六曲一双がそれにちょっと近いのかもしれませんが、その編集技法は、まだまだ今の社会においても新しいメディエーションの方法として試す余地があるように思います。まさに、デザイン知に組み込まれ、研究されるべきでしょう。

 

 グノーシス、エゾテリウムから続くフランシス・ベイコン。
 校長の連想千夜のトリプティク。新たな千夜千冊の読み方として“三連夜読み”というのもありですね。松岡正剛がどんな生活を送り、どんなプロジェクトに挑戦しつつ、Web千夜を執筆し続けているのか。そして、読者の私たちの方は、連続した3夜をどう切り出すか。松岡正剛とのモデル交換を楽しみつつ、連夜模様が変わってみえることを体験できるように思います。多読の方法のひとつに加えておくことにします。

 


  • 小倉加奈子

    編集的先達:ナシーム・ニコラス・タレブ。病理医で、妻で、二児の母で、同居する親からみると娘、そして師範であり火元組。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。『おしゃべりな図鑑』シリーズの執筆から経産省STEAMライブラリー教材「おしゃべり病理医のMEdit Labo」開発へ。おしゃべり病理医の編集的冒険に注目!