56守で初登板される皆さまへキワメツキのサカイメ画像を。羽化が迫り、翅の模様が透けて見えてきたツマベニチョウのさなぎ。側面に並ぶ赤いハートマークが、学衆さんたちとの激しく暖かな交換を約束しております。
神秘主義は鳴り止まないっ。
千夜千冊で「神秘主義」をテーマにした本が連夜されている。
●1779夜大貫隆・島薗進・高橋義人・村上陽一郎編『グノーシス 陰の精神史』
そして、今夜は1783夜プロティノス『エネアデス(抄)Ⅰ・Ⅱ』。
それにしても、なぜこれほどに「神秘主義」尽くしになっているのだろうか。その正確な理由はよくわからないが、編集工学と松岡正剛の思想の奥と底に神秘主義やグノーシスが潜んでいることは明らかである。
ぼくの青年時代はこうしたプラトン的なるものにかなり覆われて、それゆえの編集的世界像のつくりかたを目覚めさせてくれたのであるが、50代にさしかかるころ、いやいや待てよというふうになった。世界と反世界を同時に語る方法をもつべきだろうと思うようになったのである。それがリバース・エンジニアリングを伴うインタースコア的な編集的な方法観というものである。プラトン的であって、かつグノーシス的なのだ。
編集工学と松岡正剛を心底分かりたければ、プラトンとグノーシスを探れというわけだ。
◆カラダを捩ってプロティノス
プラトンを知っていても、プロティノスを知る人は少ないかもしれない。そう言うぼくも名前を知っている程度。数年前に出版界がささやかな井筒俊彦ブームにわいていた頃、たしか若松英輔か安藤礼二の解説でその名前を知った。詳しいことはともかく神秘主義におけるキーマンであることは分かった。
松岡校長はどんなふうにしてプロティノスや神秘主義に出会ったのか?
…いまとなっては学生時代にケプラー→ブルーノ→クザヌス→プラトンとさかのぼり、そこから少し体を捩ってプロティノスの新プラトン主義やヘルメス知を渉猟していたことが妙に懐かしい。
ぼくの編集思想の発端はヘレニズムとバロックに注目することで鍛えられたところが多いのだが、とくにヘレニズム期にアレキサンドリア図書館が出現したことに刺戟を受けた。新プラトン主義登場はそういう観点から言っても編集的な思想史を検証するうえで欠かせないものだったのだ。
校長は「体を捩ってプロティノス」へと向かった。千夜千冊では多くの場合、こうした「読機」が記されている。どのようにその本や著者と出会ったかも含めて読書なのである。「ぼくの編集思想の発端はヘレニズムとバロックに注目することで鍛えられた」にも大注目。プラトンとグノーシス、ヘレニズムとバロック。
◆神なる「ト・ヘン」”と、ヘン”なグノーシスな捻れ
プロティノスは205年前後にエジプトのリコポリスで生まれた。新プラトン主義の創始者とされている。つまり、プラトン哲学の継承者である。いかにして継承したのかといえば、プラトンの二元論を一元化することにこだわった。
キーワードは「一」(ト・ヘン)、「知性」(ヌース)、「魂」(プシュケー)。中でもなかで「一」(あるいは一者)=「ト・ヘン」(to hen)を神に匹敵するほどのものとして重視した。
ト・ヘンはプラトンが『パルメニデス』で説いた究極概念のひとつであるが、プラトンにおいては語りえぬものとされていた。プロティノスはト・ヘンは語りえぬ一元性の起源になって森羅万象を司っているとしても、ト・ヘンからはヌース(nous 知性)が流出しているのだから、そのヌースによって世界の説明がつくと考えた。これがプロティノスの有名な「発出する知性原理」であった。
この説明だけ読んでプロティノスの思想を理解できる人はほとんどいないだろうが、それはそれで構わない。ただ、プロティノスが一元的な英知に向かおうとしていたことだけは押さえておいてほしい。なぜなら、一元論こそがプロティノスのプロティノスたる、新プラトン主義の新プラトン主義たるゆえんだからである。
そしてだからこそ、プロティノスは二元論のグノーシスを徹底的に批判した。が、にもかかわらず、新プラトン主義はのちにグノーシス化するという変な捻れも起こっていく。
◆出ました、バロック!
ありていにいえばグノーシス化していったのである。
近世近代においては、プラトン、アリストテレス、新プラトン主義、カトリシズム、合理主義、ユダヤ=キリスト教異端思想、グノーシス、神秘主義はのべつまぜっかえされてきた。40代までぼくはこれらはマジック・リアリズムの多様なあらわれだとみなしていたのだが、またそれがゲーテ(970夜)とドイツ観念哲学とロマン派の波打ち際に寄せていったのろうと思っていたのだが、これは胡乱な見方だった。
大きなスプリングボードを用意したのはやはりバロックで(たとえばロバート・フラッドの両界宇宙観)、そこからコメニウスの汎知学やヴィーコ(874夜、千夜エディション『神と理性』第2章)の知識学が張り出して、そのあとはヤコブ・ベーメの神秘思考、ウィリアム・ブレイク(742夜)の詩などに飛んで、総じてはシェリングの思索とヘーゲル(1708夜)の哲学史観に集約されたのだった。
「ありていにいえば」、新プラトン主義は「グノーシス化していった」。これを校長は40代まで「マジック・リアリズムの多様なあらわれだとみなしていた」のだそう。けれども、「これは胡乱な見方だった」と正直に思考のプロセスを取り出している。
「大きなスプリングボードを用意したのはやはりバロック」だった。出ました、バロック! ここに「プラトンとグノーシス」、「ヘレニズムとバロック」が交差する。編集思想史を検証するうえで、やはりこの二つの一対は欠かせない。
◆新たなパンドラの函に
引用は、次のように続く。
ヘーゲルに打ち寄せた新プラトン主義はブーレ、テンネマン、ティーデマンの哲学史と相俟ってモダン哲学の基礎に流れ込んでいった。これは一言でいえば「本質を一者にまとめる」というもので、そのための弁証法的思弁の方法が付き添った。しかし弁証法はマルクス主義がむしりとっていった。これでプラトン主義も新プラトン主義も20世紀には無力になったかに見えた。
しかし、そうではなかった。以上のプロティノスからヘーゲルに及んだ動向は新たなパンドラの函に詰めなおされたのだ。
ぼくが見るに、その函はエマニュエル・レヴィナスが『存在の彼方へ』(講談社学術文庫)や『全体性と無限:外部性の詩論』(国文社)などに設えたとおぼしい。ユダヤ人でタルムードの研究者でもあったレヴィナスが、他者全般を「自分とは異なる存在」ではない「絶対的な他者」として思索できたのは、プロティノスの試みやグノーシスの試みを継承したからではなかったかと思われるのである。
「新たなパンドラの函に詰めなおされた」。「ぼくが見るに」という書き方に注目です。ここで校長の「見方」が示される。「い(位置づけ)・じ(状況づけ)・り(理由づけ)・み(見方づけ)・よ(予測づけ)」の「み」。20世紀を最後に失われたかのように見えた新プラトン主義がエマニュエル・レヴィナスによって甦った(≒読みがえった)という見方だ。
◆プロティノス「い・じ・り」
「締めくくり」では、ここまでの話を圧縮編集して、一挙に「い・じ・り・み・よ」。
プロティノスと新プラトン主義の考え方は、万物が一者から流出しているという思想をヨーロッパ哲学史の中に植え付けた。何もかもが一者から流出してくるという思想は、ヨーロッパの一神教的な考え方と結びつき、あらゆる神学論争に出入りした。
そのため「世界」は一様なプロトタイプとして説明されるべきだという思想に強靭な力をあたえた。ここからは今日におよぶ普遍哲学やグローバリズムも派生した。いいかえれば、新プラトン主義は「逸脱」や「反世界」の可能性を殺いでいったのである。
い(位置づけ):プロティノスと新プラトン主義の考え方は、万物が一者から流出しているという思想をヨーロッパ哲学史の中に植え付けた
じ(状況づけ):何もかもが一者から流出してくるという思想は、ヨーロッパの一神教的な考え方と結びつき、あらゆる神学論争に出入りした。
り(理由づけ):「世界」は一様なプロトタイプとして説明されるべきだという思想に強靭な力をあたえた。
み(見方づけ):ここからは今日におよぶ普遍哲学やグローバリズムも派生した。新プラトン主義は「逸脱」や「反世界」の可能性を殺いでいった。
よ(予測づけ):?
「予測づけ」はこの記事の一番最初に引用したブロックを読み直してほしい。「プラトン的であって、かつグノーシス的なのだ。」の一文で締めくくられる。
金 宗 代 QUIM JONG DAE
編集的先達:宮崎滔天
最年少《典離》以来、幻のNARASIA3、近大DONDEN、多読ジム、KADOKAWAエディットタウンと数々のプロジェクトを牽引。先鋭的な編集センスをもつエディスト副編集長。
photo: yukari goto
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