【多読ジム】アートの多読術-千夜リレー伴読★1785夜『現代アートとは何か』

2021/11/03(水)08:52
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 最新千夜の伴読リレーのバトンが回ってきたにも関わらず、もたもたしていたら「オツ千」に先を越され、オツ千を追う“オツ千伴読リレー状態”となってしまいました。

 

 先日は、会員番号3番、おしゃべり千夜ガールとして、その「オツ千」にお招きいただき、“さしかかり”の千夜千冊トークを楽しませていただきました。

 

 そうなのです。読書というのは、その時にさしかかっているあらゆることがゆるゆると重なったりつながった状態が「地」となりますよね。みなさんは、どんな日常を地にして、最新千夜を読んでいますか。

 

 私は、「メディアと市場のAIDA」がテーマとなっているHyper-editing Platform [AIDA]のSeason02と、「おしゃべり病理医のMEdit Lab」の教材開発、そして多読スペシャルコース初日の大澤真幸さんの講義が残響する中、この千夜を読むことになりました。

 

 多読ジムでは、著者が強調したいであろう重要なワードを「キーワード」、それに対して、読み手側がその時の“読相コンディション”によって、今、このワードが気になる!というものを「ホットワード」とします。ですからキーワードは当然本ごとに異なりますが、ホットワードは、本が変わっても変わらないこともあるわけですね。

 

 私の今のホットワードは「評価」「目利き」。AIDAやMEdit Labや大澤真幸さんの講義が混ざり合った「地」から生まれたこれらふたつのホットワードを手すりに、『現代アートとは何か』を、読んでみました。

 

 ホットワードについて、もう少し説明しておきます。
 先日、金宗代さんからも大澤真幸さんの講義について、ブリリアントな要約の効いた記事がすでにエディストに挙がっていますが、金くんが記事を仕上げるうえで、泣く泣く切り捨てざるをえなかったトピックの中に、大澤さんの持つ人文系の学問に対する危機意識がありました。

 

 人文系の学問とは、世界をどう見るかという見方の提示であり、日本の知的世界を下支えし、文化的土壌を育てる役割がある。今、それがみるみる失速している。人文系の学問には、本質的に「専門家」というのは存在せず、個々の専門知をつなげて、共同知、世界知にしていく知の力こそが必要なのだと大澤さんはおっしゃっていました。

 

 その力は、まさに「読書の力」に他ならないと私は思いました。だとしたら、読者の目利き力、評価の力というものが人文系の学問を育てていくのだろうとも。そして、おそらくそれは人文系の学問にとどまらず、サイエンスやアートの行方にも当てはまるだろうとも。

 

 お待たせしました。今回の千夜に入っていきましょう。
 『現代アートとは何か』の中でも、著者の小崎哲哉さんが、アートに対する危機意識について述べられています。その中でも、松岡さんの危機意識が重ねて語られていると感じたのが、以下の部分でした。

 

だいたいブリュノ・ラトゥールの「モノ論」や「人新世」の思想から派生した創造性論の多くが貧弱なのである。1766夜(ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について』)など読んでいただきたい。ぼくはこれらの美術議論にはフェティッシュが決定的に欠けていると思う。アートはもっとフェチを取り戻さないとまずい。

 

 美術論について書かれた一節です。たしかにアーティスト側よりも、圧倒的にそれを観る側の人間が多いのですから、目利き力が育たないことにはアートは面白くならないでしょう。その目利きの専門家の美術論が面白くないという指摘です。批評家がフェティッシュを投入できないということは、批評家が批評を受けるリスクを回避しているからなのでしょうか。あるいは、批評家が自分のフェチを育てる場に自らを晒してこなかったからなのでしょうか。

 

 では、素人の私たちは、どんなふうに現代アートに触れたら良いのでしょうか。その手掛かりのひとつとして、松岡さんが本書を通じて提示してくださっているのが、アーティストの動機や問題意識についてです。以下の部分です。

 

現代アートの作家たちは、どんな動機と問題意識で作品をつくるのか。この問いに回答を見せることは、なかなか厄介なことだと思うのだが、小崎は思い切りよく7つのフラッグを提示した。
 すなわち、(1)新しい視覚と感覚の追求、(2)メディウム(媒体)と知覚の探求、(3)制度への言及と異議、(4)アクチュアリティと政治、(5)思想・哲学・科学・世界認識、(6)私と世界・記憶・歴史・共同体、(7)エロス・タナトス・聖性、である。
 驚くほど、よく配慮されている。説明の仕方にはよるだろうが、そうとうにカバーできている。あえていえば伝統との刺し違え、電子ネットワークとプロトコルのこととハッキングについて、憂鬱と疾病の問題、サル学のこと、ジェンダーのめぐりかた、そして衝動と欲望の問題がどこかに入ってきてもいいのかもしれない。

 

 本書の7つのフラッグに、松岡さんがプラスされた「問い」の提示の中に、私たち自身も関心を持つことのできる問いがいくつか含まれているでしょう。あぁ、そうか。現代アートもこうやって、アーティストの動機と問題意識で分節化すれば、そのとっかかりを手にすることができるのですね。

 

 顕微鏡に日々向かい、つねに「顕微鏡わたし」となって顕微鏡世界に没入している病理医の私は、やはり(1)の新しい視覚と感覚の探求と(2)のメディウムと知覚の探求に圧倒的に興味関心が向きますし、松岡さんの提示された「衝動と欲望の問題」も気になります。いずれにしても、自分自身のブラウザを自覚的に動かして現代アートを鑑賞すれば、もっともっとアーティストと対話ができるだろうと思いました。つまりは、アートの鑑賞は、アーティストとの交際であるのだともいえるでしょう。

 

 あぁ、なんだか、アートを巡る旅に出かけたくなりました。特に、この千夜でも紹介されていた内藤礼と建築家の西沢立衛による「豊島美術館」に行ってみたいです。もう10年以上前になりますが、ベネッセ・アートサイト直島に家族と訪れました。少し足を延ばせば、豊島美術館にも行けたのですが、その時はチャンスがなかったので今度こそ行ってみたい。でもその時も、瀬戸内海を望む草間彌生の大きな黄色いカボチャを含めて島全体がアートになっている直島で、アートにまみれる数日を過ごすことができたのでした(先日の台風で横倒しになった黄色いカボチャは今頃どうしているのだろうか)。

古い民家の中にもあちこち作品を見つけることができる直島。小さかった子どもたちも自分たちをアートの中に紛れさせて遊んでいた。

 

黄色いカボチャも健在。アーティストと作品を通して対話をすればこんなポーズになる(2011年11月撮影)。


 メディアと市場のAIDAに、現代アートを差し込みながら、明日からも読書を楽しみたいと思います。

 それではみなさん、今日もGood Reading!

  • 小倉加奈子

    編集的先達:ブライアン・グリーン。病理医で、妻で、二児の母で、天然”じゅんちゃん”の娘、そしてイシス編集学校「析匠」。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。『おしゃべり病理医』シリーズ本の執筆から経産省STEAMライブラリー教材「おしゃべり病理医のMEdit Lab」開発し、順天堂大学内に「MEdit Lab 順天堂大学STEAM教育研究会」http://meditlab.jpを発足。野望は、編集工学パンデミック。

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コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025