★バックナンバー:
―――優子先生には好奇心が広がっていく傾向があって、それを広げるほどに深くなると考えるようになったのは雑誌『遊』の影響が大きかったですか。
大きかったですね。で、実際に書くとき、「これを書けば”広く深く”でいける」という素材があるんですよ。江戸文化の中で、最初にいけるなと思えたのが「平賀源内」だった。
平賀源内は、文章も面白いんだけど、その文章だけ分析したって、平賀源内論にはならない。彼が駆けずり回った全体、しかもそれは当時の世界と繋がっていたので、世界貿易までやらなくてはならない。経済を知るためには、ものづくりや日本の職人たちのこと、どうやって紙がつくられていたのか、革製品はどうしていたのかなど、平賀源内をやるとなったら、ありとあらゆることに広げていかなくてはならなかった。そのとき、素材ってすごく重要だなって思いました。
でも、今でもよく覚えているんですが、その一歩をこえるのが恐かった。なぜかというと、「あなたはもう文学者としてはダメだ」といわれるから。アカデミズムって、そういう世界なんです。「この人、学会で発表していません」といわれる。いまだにそうですよ。平賀源内のような素材に出会ったときに、それを取ろうとするか、避けようとするか、ここに研究者としての姿勢の違いがあらわれる。そのときに取ろうと思えたのは松岡さんの影響があったんです。
―――編集学校を受講して、松岡校長に対する見方の変化はありましたか。
ありましたよ。こんなに丁寧に仕事をしているのかって(笑)。たとえば、六十四の編集技法。こんなに手の込んだ組み立てをしていたとは、外から見ていたら分からなかったですね。
もちろん師範や師範代の方たちがあれほど丁寧に指導なさっているのは、まず松岡さんがそういうものをもっていないとそうはならないですよね。話し合いを重ねながら、非常に綿密な方法を打ち立てていったんだと思うんです。
風韻講座 仄明書屋で連衆の句に指南をつける小池純代宗匠と松岡校長
―――[離]の前後で優子先生ご自身に変化はありましたか。
ものすごくありましたね。私は文学研究の姿勢として「言葉に戻る」ということを大事にしてきました。それはどういうことかというと、言葉の一行一行にぐーっと向き合って、考えていく。そうしないと、私自身の言葉が出てこないと思い過ぎていたんですね。
[離]では、私の環境からすると本が読めないという状況がとてもたくさんあった。だから、ジャパンナレッジみたいなものを駆使して何とか推測していくとか、内心ではこれじゃダメだと思っていたけど、もうやるしかない。
でも、実際にやってみると「あっ、このくらいの範囲なら、それなりのことはできるかもしれない」と思った。つまり、本がなくてもなんとかできる範囲があることに気がついた。本がない状態でギリギリまでやっていくと、次に本を読んだときによく分かるようになる。本のない学習も無駄にはならない。そのときもし誤解があったとしても、あとから本を読めば誤解だと分かる。とにかく、ありもので仮止めの結論を出すその速度が世界読書には必要だということがよく分かった。
―――[離]で悩んだことや困ったことは何かありましたか。
図書館に一人でいけないことです(笑)。私が総長に着任してからできたルールがいくつかあって、セキュリティ上の理由からお昼ご飯も外に出て食べられない。あと、着物を着て電車に乗ってはいけないというのもある。
図書館に一人でいけないからと言って、秘書についてきてもらって、何時間もそこで待ってもらうわけにはいかないでしょう。だから、結局行くことはできないんです。
―――優子先生は守るところは守ってそういう境遇も含めて楽しんでいらっしゃいますよね(笑)。
いや、楽しんでいるというかガマンしているだけですけどね(笑)。
―――[離]の退院式のコメントで、1500冊くらいの電子書籍をアーカイブして持ち歩いているとおっしゃっていましたね。受講中にニューヨーク出張があって、その時は本が手元にまったくなくて困ったとか。
あの時、そばになくて困ったのは『新釈漢文大系』(明治書院)。あとは、諸橋轍次さんの『大漢和辞典』(大修館書店)、それから『日本古典文学大系』(岩波書店)はなんとかデジタルで読めるようにしてありますが読みにくいし、『新日本古典文学大系』(岩波書店)、900タイトル近くある平凡社の東洋文庫です。
これらの本のように、あまりにも膨大すぎて電子化できないものは、できるだけそばに置いてすぐに手に取れるようにしています。事典類やシリーズもの、全集ものは、紙の本と電子書籍はどちら一方ではなく両方あるのが望ましい。「忙しいから読めません」と放棄してしまうよりも、忙しくても読める方法を開発した方がいいですよね。もちろん、ゆっくり腰を落ち着けて読めるなら、それが一番良いけれども、私にかぎらず移動の多い人は世の中にはたくさんいて、そう言ってはいられない。
―――先ほど、「言葉に戻る」というお話がありましたが、優子先生のロジカルでありながら情緒の滲み出た文体に憧れます。優子先生の文体の秘密は何ですか。
たくさん読んだものが体にあるんです。体が覚えている。全身からでてくるものだから、文体って真似できないんです。子どものときにどんな本を読んでいたかの影響もあると思います。それから、私は大学生の頃に非常に真剣に本を読み、しかも当時はワープロすらもないので、引用するときにいちいちこうやって手で書く。手で引用しているとその人の文体が身についちゃう。それが今はなくなっているかもしれませんね。
そうやって入ってきたものというのは、自転車の乗り方と同じで一度身につくと忘れない。息づかいだとか、リズムだとか、あと観念の構図であるとか、そういうふうにして獲得してきたものなので、何かをモデルにしているということはありません。私の文体は私の文体でしかない。
風韻講座 仄明書屋でのリアル稽古の様子。
歌合わせの結果、選ばれた句が短冊にしたためられた。
つづく
金 宗 代 QUIM JONG DAE
編集的先達:モーリス・メーテルリンク
セイゴオ師匠の編集芸に憧れて、イシス編集学校、編集工学研究所の様々なメディエーション・プロジェクトに参画。ポップでパンクな「サブカルズ」の動向に目を光らせる。
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