【太田出版×多読ジム】チンコは「き」るためにある(大沼友紀)

2022/08/10(水)10:00
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多読ジム出版社コラボ企画第一弾は太田出版! お題本は「それチン」こと、阿部洋一のマンガ『それはただの先輩のチンコ』! エディストチャレンジのエントリーメンバーは、石黒好美、植村真也、大沼友紀、佐藤裕子、鹿間朋子、高宮光江、畑本浩伸、原田淳子、細田陽子、米川青馬の総勢10名。「それチン」をキーブックに、マンガ・新書・文庫の三冊の本をつないでエッセイを書く「DONDEN読み」に挑戦しました。


 

男よりも女よりもチンコよりも

 もう、一目惚れだったのだ。
 阿部洋一のマンガ『それはただの先輩のチンコ』(以下、『それチン』)は、男と女とチンコを巡る連作集だ。
 憧れの先輩や男性を好きになった女の子・女性たちが、彼の代わりに欲しさ憎さで切り落としたたチンコをモノにする。そのチンコはしばし別生命体のように振る舞い、むしろ元持ち主よりもモテモテである。
 いや、チンコなんざ自分にはどうでもいいのである。
 本書を通読して、真っ先に気になった存在があるからだ。女性たちが熱望したチンコを切り落とすために使った道具――「男性小便器型ギロチン」。
 もう一回言おう。一目惚れだったのだ。
 チンコを切断した後の血液がギロチンの刃から滴る、無慈悲のそれは「女性器」に思えたのだ。


それはただの男性用小便器なのか?

 新書『女装と日本人』の著者、三橋順子は男性である、いや性別越境者である。本書のタイトルに女装とあるが、実際は男装を含めた「異性装」を核にしつつ、日本人は男女の性をどう捉えているのか、自身の体験と思考から述べている。
 古事記では、ヤマトタケルが熊襲を討つために女装をして懐に入った。中世以降の芸能の歴史をみれば、例えば阿国歌舞伎で男性は女装をし、女性は男装をする。江戸時代には、南総里見八犬伝で女装の犬塚信乃が活躍し、女性と並んで女装した男娼が美人画に描かれる。
 世界中の国のなかでも、とりわけ日本は異性装に寛容なのだ。
 7、8世紀ですでに日本人は、異性装をすることで男でもあり女でもある、一種の人間を超越した「双性力」をもつ存在になる、と信じていたのではないか。著者は、この力を重視する考えを「双性原理」と呼んでいる。


「泉」と双性原理とアナ・スロマイ

 双性原理は、観音様のように仏神像や偶像にも適用できる。ならば、器物や製品に適用してもいい。男性用小便器は「男装した女性器」なる超越した存在だ。
 1917年にマルセル・デュシャンは、架空作者のサインを付け足した男性用小便器――「泉」と呼ばれる――を美術展に出そうとして断られた。しかし、この作品が美術界をひっくり返す大事件として受け入れられたのは、双性原理の力が潜在的にはたらいた、かも知れない。
 女性器だ、ヴァギナだ、と声に出すことをなぜか憚ってしまうが、単に、恥ずかしいから、だけではない。「ヴァギナをみせる」こと自体が特別なのだ。
 科学医療ジャーナリストのキャサリン・ブラックリッジは、民俗学や生物学など多角的に、まさに女性器のあれこれを『ヴァギナ 女性器の文化史』に著す。
 「ヴァギナをみせる」ことで、男性や魔物を退散させたり難題を解決する、神話や伝説が数多くある。ギリシアの歴史家ヘロドトスはこの行為を「アナ・スロマイ(ギリシア語で、衣服を持ち上げる)」と呼んでいる。
 『それチン』のギロチンは、女性たちが遠隔操作するアナ・スロマイなのだ。


それはただのギロチンなのか?

 ギロチンの刃(は)は、転じれば、歯(は)。
 『ヴァギナ』では、歯を持つ女性器(以下「歯まん」と記す)――ラテン語で「ヴァギナ・デンタータ」――についても触れている。世界各地の民話や神話、美術、夢の世界にも、ずっと昔から歯まんは氾濫している。
 割礼で性器を損傷させる行為は、歯まんに到達したことを示す通過儀礼の証として見ることもできる。また、そこから英雄が冥府を往還する物語にもつながり、歯まんは冥界の門のメタファーとしても機能する。
 歯まんは、男性の不安や恐怖のイメージともいえる。
 『それチン』ではたくさんのチンコが切られるが、現実世界では1億人以上の女性がFGM (女性器切除)を受けている。一部の国や民族の宗教的・習俗的な理由からだが、男性社会視点の歯まんへの過剰恐怖かも知れない。
 しかし逆に、女性器の特別な力に対しての羨望や憧れもはらんでいる。歯まんは、異性に対する好奇心から生み出された「理想のチンコの裏返し」でもあるのだ。


男と女の間には

 『それチン』のギロチンは「ギロチン屋」の主人、須田が製造している。ギロチンで切ったチンコは時間がたてば自然に再生するが、切断の繰り返しの限界がくると、股間にバツ印があらわれ、チンコを永久に失う。須田の股間にはバツ印がある。
 エジプトには、チンコを失ったオシリス神(ちなみに、奥さんはイシス編集学校の名前にもある、イシス神)がいる。その一方、日本には女性器を焼失した神イザナミがいる。須田は、男ではなく、男装をして男を演じている「歯まんの化身」であってもおかしくない。
 男と女の間には、衣服一枚刃が一枚。男性着と女性着の間には、両性具有ならぬ「双性具装」がある。

 

Info


⊕アイキャッチ画像⊕
∈『それはただの先輩のチンコ』阿部洋一/太田出版
∈『女装と日本人』三橋順子/講談社現代新書
∈『ヴァギナ 女性器の文化史』キャサリン・ブラックリッジ/河出文庫

 

⊕ 多読ジムSeason10・春 

∈選本テーマ:版元コラボエディストチャレンジ

∈スタジオよーぜふ(浅羽登志也冊師)

 

参考資料

映画「歯まん」
ヒロインの遥香は、初めての性交で彼氏を、歯の生えた女性器で殺してしまう。『生と性と愛』をテーマに描くダークファンタジー。2015年制作の邦画。R-18指定。2019年にキングレコードの「エロティカクィーン」レーベルからDVD 発売・デジタル配信。https://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKIBF-1663/

 


  • 大沼友紀

    編集的先達:マーティン・ガードナー。ミメコン(ミメロギアコンテスト)荒らしの常連から師範代へ。8年のブランクを経て多読ジムで復活。精神3級の発達障害者にしてMENSA会員。はまっていることはボードゲーム記事のライティング。北海道在住。

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