マンガのスコア LEGEND43安彦良和 歴史と個人をめぐる難問

2022/01/11(火)09:22
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 安彦良和は、ご存じのとおり、アニメーター出身です。

 アニメ出身者でマンガ家に転身する人というのは、意外と少ないものです。

 マンガとアニメでは、やはり文法が違うのですね。絵が上手くて、お話が作れる、というだけでは、やはりマンガにはならないのです。この両者の垣根は、意外と高いものがあります。

 

 そうした中、数少ない例外となったのが安彦良和でした。

 

 言うまでもないことですが、安彦良和という人は、アニメーターとしても超一流の人です。

 安彦が「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザインをした人、ということは御存じの方も多いでしょう。しかし、ガンダムにおける安彦の仕事は、キャラクターデザインにとどまらず、設定やレイアウト、厖大な数の原画にいたるまで多方面に及んでいます。

 とりわけテレビシリーズ第1話のクオリティの高さは、作画監督として全ての原画を描いた安彦氏の力が大きかったと言われています。

 さらには第19話ランバ・ラル戦や第24話の黒い三連星との戦闘など、今でもファンの間で語り草になる名シーンの数々が、安彦氏の作画によるものでした。とにかく、安彦氏の描く原画の、動きやタイミングのセンスは抜群だというのが、アニメファンたちの口を揃えて言うところです。

「第7話でシャアザクが大気圏に自由落下する際の軌道表現は神がかっている!」と絶賛したのは庵野秀明氏でした(「ガンダムエース」2011年3月号)

 

(庵野秀明責任編集『安彦良和アニメーション原画集「機動戦士ガンダム」』角川書店)

庵野秀明編集による安彦良和原画集。

庵野氏の安彦愛があふれた一冊

 

 そして「ガンダム」の仕事以上に知られていないのが、「宇宙戦艦ヤマト」に果たした安彦の役割です。この頃のアニメ界は、業績に応じたクレジットがされないことが珍しくないのですが、安彦はこの作品にかなり深く関与しており、とりわけシリーズ最大のヒットとなった映画「さらば宇宙戦艦ヤマト」では全シーンの絵コンテを描いています。

 日本アニメ史にエポックをもたらした三作として、しばしば並び称される「ヤマト」「ガンダム」「エヴァ」のうち、二つの作品に安彦は深く係わっているのです。間違いなく、日本アニメ界、最重要の作家の一人と言えるでしょう。

 

 さて、そんな安彦良和が、いつしかマンガ家としても無視できない存在として注目されるようになったのは、やはりこの作品からではないでしょうか。

 

安彦良和「虹色のトロツキー」模写

(出典:安彦良和『虹色のトロツキー』①潮出版社)

 

 ご存じ、『虹色のトロツキー』(千夜千冊430夜)からの一ページを模写してみました。

 安彦良和氏は、作画を全て【毛筆】でこなしているそうです。部分的に筆で描く人はいますが、全部、筆っていう人は珍しいのではないでしょうか。

 今回の模写では、筆ペンで描いてみたのですが、思ったほど筆のタッチが出せず苦労しました。とはいえ、つけペンとはだいぶ違う雰囲気になりましたね。

 つけペンで描くのと筆で描くのとでは、体感がかなり違います。筆は基本的に【筆圧】をかぎりなくゼロに近づけないと描けません。一方、つけペンは、ペンタッチにもよりますが、かなり紙に押しつけるようにして強弱をつける必要があります。筆のように、押すのではなく、引くことでタッチをつけるというのは、そうとうな熟練を要します。

 安彦氏は昨年、NHKの「漫勉」にも出演されましたが、毎回、作家の超絶技巧に圧倒されるあの番組の中でも、安彦回はさらに飛びぬけていましたね。

 なにしろ、ほぼ全くと言っていいほど下描きをせず、複雑な構図とアングルで構成された絵を、いきなり筆で描いていくのですから驚きます。安彦氏は、いったいどういうカメラアイで、ものを見ているのでしょう。

 さて、このシーンでは、主人公のウンボルトが、相手の差し出す右手を払いのける瞬間を描いています。単に手を払いのけているだけなのに、ポーズが見事に決まってますね。まるで西洋のタブロー画を見ているようです。

 安彦氏の描くキャラの立ち姿は、独特の形状をしていて、ファンの間では【やすひ腰】などと呼ばれています。「やすひ腰」のニュアンスを言葉で説明するのは難しいのですが、微妙にS字ラインを描いたようなくねりがありながら、ピンと背筋が伸びていて颯爽としているのですね。「くねり」と「張り」という矛盾した要素が同居しているところがポイントです。

 ここが、まさに安彦キャラの本質をついているところで、純粋でまっすぐなのに、ちょっとひねくれているのですね。炭治郎とシンジくんが同居しているのです。

 

■大きな物語の中の小さな個人

 

 古事記に材をとった『ナムジ』(‘89~91年)によって「マンガ家」として本格始動した安彦良和が、世間的な注目を浴びるきっかけとなったのが、1990年より連載の始まったこの『虹色のトロツキー』でした。

 第一巻が刊行された92年頃から、この作品は各紙誌の書評などで、よく取り上げられ、広く一般読書人にも知られるようになります。

 旧満州の建国大学という、歴史のあだ花ともいうべき舞台を皮切りに、怪しげな人士や様々な民族的背景を持った者たちが蠢く混沌とした世界を描いてみせた本作は、それまでの歴史マンガとは一線を画するものでした。

 そして、その名はよく知られていながら意外とフィクションの中で語られることの少なかった「ノモンハン事件」を本格的に取り上げたのもこの作品の見どころです。

 

 安彦マンガの特色は、「大きな物語」の中で、歴史の中の個人を描いていくところにあります。これはデビュー作の『アリオン』(‘79年)から一貫していて、『ナムジ』『神武』『蚤の王』などの古代史もの、『虹色のトロツキー』『王道の狗』『天の血脈』などの近代史もの、『韃靼タイフーン』のような近未来を舞台にしたものまで変わりません。

 これほど「歴史」にこだわる作家も珍しい。安彦氏の目は、常に個人が社会と接地する摩擦面に向けられていて、セカイ系が、すっとばしてしまう中間項にこそ、その焦点があります。そして、戦争や謀略の世界を描いているのに、ゲーム性が希薄で、個人の強い思いと、歴史の冷徹な法則が拮抗しており、どうにもならないもどかしさのようなものが、常に通奏低音をなしているのです。

 

 これは『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』にまで共通していて、安彦氏の筆は、ファーストガンダムの世界から離陸して、前日譚であるジオン・ズム・ダイクンやザビ家の物語に突入するや俄然精彩を帯び始めます。

 ことに、若き日のランバ・ラルが、いささか暴走気味の行動をとって状況を打開していく展開など、富野演出とは、かなり色合いの異なる安彦良和ならではの活劇の楽しさにあふれているのですが、こうしたエピソードも結局は歴史の大きなうねりの中に吞み込まれていくのです。

 

(安彦良和『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』③角川書店)

「ガンダム」マンガは一大ジャンルをなすほど

たくさんあるが『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』は、

本家本元の手になる決定版ということで話題になった

 

■正しく生きるとはどういうことか

 

 これまで取り上げた作家で、戦争マンガをたくさん描いている人といえば、『総員玉砕せよ!』の水木しげる、そして「戦場まんがシリーズ」の松本零士の名を挙げることができます。

 水木の「南方」に対して、安彦は「北方」、そして松本は「海」と「空」の人です。

 水木・安彦・松本三者ともに、戦争に対する否定的感情は同じなのですが、安彦が他の二者に対して特徴的なのは、「正しく生きるとはどういうことか」、「義はどこにあるのか」という視点が強く意識されているところです。

 水木にとって、戦争は一から十まで虚しいものでしかなく、大文字の正義などには一片の関心も示しません。また、松本零士にとって「正しく生きる」ということは、すなわち「男のロマン」に生きるということであり、戦争の大義などより、友のために進んで命を投げ捨てる美しさの方を描いたのです。

 

(松本零士『スタンレーの魔女』小学館)

松本零士「戦場まんがシリーズ」の中でも名作の誉れ高い

「スタンレーの魔女」では、究極の男の友情が描かれる

 

 一方、安彦マンガの主人公たちには、「正義はどこにあるのか」という命題が、常に頭の中に鳴り響いています。

 そのことが、どこか主人公に青臭さを感じさせる一因にもなっています。『虹色のトロツキー』のウンボルト青年は、いつも老獪な高級軍人たちを前にして、「あなたたちの考えは間違っている!」と叫びまくっていましたね。

 しかし、安彦良和は、単純な正義を振りかざして得意がるような説教オヤジではありませんでした。この複雑な世界の中で、「正義」が一筋縄ではいかないことも、よく心得ていたのです。

 

“民族問題も政治もそうだけど、被害者の側に全面的に正義はあるんだから、完全にこちらの立場に立て、という誘惑というか強制がつねにあるわけですよ。そのときに、「はい、わかりました」と言ってそこに立ったつもりになるのは、大嘘つきです。そんなはずはない。(中略)いちばん信用できないのは、スルッとそういう色合いに自己を同一化させるタイプですね。”(杉田俊介『安彦良和の戦争と平和』より安彦発言)

 

 東亜の理想だの五族協和だののお題目が、当時の日本人の手前勝手な侵略的野心に支えられた欺瞞的なものであったとしても、その理念のもとに集まった人たちの中には朝鮮人もモンゴル人もいました。主人公のウンボルトは日本人とモンゴル人の間に生まれたハーフという設定です。傀儡国家満州の建国大学には、本気で理想に燃えたアジアの若者たちが集まってもいたのです。

 ウンボルト青年は、日本の軍国主義に激しい嫌悪感を示しつつも、半分は日本人の血が流れていることを強く意識し、モンゴルのナショナリズムの動きにも同調することができません。物語半ば以降のウンボルトは、そうした迷いの色を濃くしていき、「なにもできません!ボクにはいま、なんにもわかりません!!」(6巻p160)「なにが正しいのか、なにが間違った悪い行いなのか!わからなくなっていくばかりです!」(6巻p177)といった苦衷を吐露する場面が多くなっていきます。

 こうした主人公の迷いともいえる行動が、読む人を戸惑わせてしまう一面も否定できません。

 そして、その点を指摘したのが、「BSマンガ夜話」のいしかわじゅん氏でした。

 

■安彦良和vsいしかわじゅん

 

 1996年から2009年にかけて、不定期に放送されていたNHK「BSマンガ夜話」は、それまでのテレビ番組の常識を打ち破るようなマニアックなマンガ語りによって、多くのファンを集めた名物番組です。この番組の魅力に感化されて、アカデミックなマンガ研究の分野に飛び込んだ人たちも多く、今日のマンガ研究の底上げに寄与しました。

 さて、この番組が2004年11月29日放送で『虹色のトロツキー』を取り上げた際に、登壇者の一人である、いしかわじゅん氏が発した発言が、ちょっとした波紋を呼ぶことになります。

 作品に対する、いしかわ氏のいくつかの否定的発言に対して安彦氏が、まともに反論してきたのです。2005年2月28日発行の白泉社版『王道の狗』第四巻のあとがきでのことでした。

 

(安彦良和『王道の狗』④白泉社)

いしかわじゅんへの反論を全面展開

した白泉社版第四巻のあとがき

 

 私自身、マンガ夜話の放送をリアルタイムで見、その後、安彦氏の反論も立ち読みで読んだ記憶があるのですが、その時の漠然とした印象では、安彦氏はいささか感情的になっており、どちらかというと、いしかわ氏の方に分があるように見えていました。

 ところが、今回の執筆を機に、あらためて内容を精査してみると、どうも、いしかわ氏の立論にはちょっと強引なところもあり、むしろ安彦氏の反論の方が、しごく真っ当なもののように感じられました。

 

 いしかわ氏が番組中で発言したことをざっと並べてみると、

「話を作るのが下手で取っ散らかっている」「川島芳子や李香蘭の出てくる必然性もない」「絵が記号的で古い」「動きが描けない。重みがない」といったものでした。

 

 それに対する安彦氏の反論は、川島芳子や李香蘭を出すのは歴史ものとしての彩りとしてであり、必然性は必ずしも要請されない。マンガとは本来的に記号的なものであり、そこに古いも新しいもない。アニメ屋の私に動きが描けないとは心外だ。動きの中間動作の省略はマンガ表現として行っており、描こうと思えばいくらでも描ける、といった具合でした。

 

 番組全体の、いしかわ氏の発言を見てみると、どうも彼の頭には「安彦良和=元アニメーター」というバイアスが強く働いており、「マンガの描き方がよくわかっていない」という思い込みがあるように見受けられます。

 テレビ収録の際に、とっさに考えながら喋っているいしかわ氏の表現には誤解を呼びそうな不用意な部分も多いのですが、彼が言いたかったことを私なりに要約すれば「安彦マンガは、マンガの表現としては、いささか古びたところがあり、自分も含む「ニューウェーブ」たちが、とっくに克服した古い話法で描かれている」ということでした。

 

 しかし筆法の「古さ」は必ずしも瑕疵になるとも限りません。安彦良和は、あえてそのような表現方法を選択しているのだとも言えます。

 そもそも安彦良和が「マンガの素人」という考えは捨て去る必要があるでしょう。

「元アニメーター」とはいえ、79年のマンガ家デビュー以来、途切れ目なく作品を発表し続け、ことに89年以降は専業マンガ家として膨大な作品を残しているのですから、どこからどう見ても、れっきとした「マンガ家」に違いありません。

 それにもかかわらず、安彦良和に「アニメーターがマンガを描いている」というイメージが拭いきれないのは、彼がアニメ界に果たしてきた業績が、あまりにも巨大すぎたせいでもあります。

 

■迷う主人公

 

 それでは、いしかわじゅん氏の指摘は、まるで根拠のない見当はずれのものだったのでしょうか。

 そうとも思われません。彼の切り捨て方には、いささか乱暴すぎるきらいがあるとはいえ、安彦作品には、どこかマンガの基本的なセオリーを外しているようなぎごちなさがあるのも確かです。

 

 ことに問題にされている『虹色のトロツキー』など、物語の展開がふらふらしていて、一見すると「作劇が下手なのではないか」という疑念を抱かせるのも無理からぬところがあります。

 主人公の青年ウンボルトは、活劇マンガの主人公に似つかわしい正義漢でありながら、その正義の寄って立つところを見出すことができず、むやみに騒いでいるわりに結局なにをやっているのかわからない、といった印象を与えます。いしかわ氏が「物語の流れが読めない。何が言いたいのかわからない」と言ってしまうのも無理もありません。

 

 安彦キャラって、みんなどこか演技過剰でオーバーアクションなところがありますよね。

 まず突出した個人が出てきて状況を打開する。人間の強い思いが状況を動かすという色合いが濃厚に感じられます。

 ところが、あるところまでいくと、「世界」は盤石のように固く、押しても引いても動かない、という現実に直面することになります。

 こうした煮詰まった状況の中で、主人公たちが徐々に迷走していく作劇上の性質は、穿った見方をすると、彼自身の前半生の経験が、幾分か影を落としているのかもしれません。

 

■学生運動の時代

 

 1947年生まれの安彦良和は、いわゆる全共闘世代に当たります。全共闘世代と言っても、実際に政治闘争に積極的に関わっていた人は、学生全体のせいぜい1~2割ぐらいだったろうとも言われていますが、安彦はバリバリの闘士でした。

 それどころか弘前大学全共闘のリーダー格だった安彦には逮捕歴まであります。バリケード闘争に連座して逮捕されたときには、新聞に顔写真入りで大きく報じられました。

 弘前大といえば、連合赤軍事件で大きな役割を担った植垣康博と青砥幹夫の出身校。すなわち山本直樹『レッド』の主役格である「岩木」、そして「鳥海」のモデルとなった二人です。安彦は、この二人と同時に弘前大学を除籍処分となっているのです。

 のちに植垣、青砥は赤軍派の闘士として山岳アジトに入っていき、あの凄惨な事件に関わることになるのですが、そんな二人と安彦とは、かつての「同志」として極めて近しい間柄にありました。

 

 安彦良和は、高校時代は生徒会長を務め、大学時代も全共闘運動のリーダー格として活動していたのですが、彼が周りから慕われるリーダー的な存在だった理由の一つが、ちゃんと他人と話ができる人だったからだと言います。

 当時の一般的な学生運動家の喋り方というのは、たいてい決まっていて、流行りの特殊用語をちりばめながら、あの時代特有の不思議な抑揚で、がなり立てるばかりでした。これでは普通の人は「ああ、また例のやつね」と通り過ぎるばかりです。

 それに対して、安彦の語り口は、ちゃんと相手とコミュニケーションを取ることを目的とした対話的なものでした。

 当時の安彦の周辺を取材した斉藤光政は、こう書いています。

 

“安彦はごくごく平易な言葉で、日本をとりまく国際情勢と、自分がいま進めている反戦運動の趣旨について説くことを心がけた。(中略)まるで伝道師のようにおだやかに語りかける彼のまわりにはいつしか人の輪ができた。”(安彦良和・斉藤光政『原点』岩波書店)

 

 こうした、対話的で開かれた感性は、のちの彼の全仕事に色濃く反映されています。非常にメッセージ性の強い作風でありながら、広範な読者を獲得しえたのも、彼の、この万人に開かれた語り口ゆえのことでしょう。

 彼が、歴史マンガ、それも戦争を重要なモチーフとした作品を数多く作り続けているのも、“歴史と個人”という若き日の彼自身が積み残した宿題に、なんとか片をつけたい、という強い思いの現れなのかもしれません。

 

■「動き」で考える

 

 こうした、解けない難問を前にして、決して簡単な答えでは納得せず、何度も問いを繰り返していく粘り強さは、マンガ版『風の谷のナウシカ』の後半部で悪戦苦闘していた宮崎駿との近しさを感じさせます。

 

 このアニメ界の両巨頭に共通するのは「行き当たりばったり」というところです。

 宮崎駿は、アニメ制作に際しても、脚本は作らず、絵コンテもストーリーもできあがっていない状態で制作を始めてしまう人でした。

 安彦良和もまた、マンガを描くときに、ネームをいっさい作らずに作品を描き始めているようです。

「漫勉」でも紹介されていましたが、ネームどころか、構想メモなども全く作っていないとか。そして、一ページずつ考えながら描き、次のページのことも頭にないと言います。その都度その都度の最適解を求めながら、手探りで描き進めているのですね。

 作画に際して、アタリをいっさい取らないというのも、そうした姿勢とつながっているように思えます。

 真っ白な紙の上に、最初は眼を描く。眼を描けば、おのずから視線や意識の動く方向が決まり、すると顔の表情が決まり、体の軸や手足がどちらに向かってくかも自然に決まる。

 全体のパースラインだの人体のデッサン上のバランスいった要素ではなく、まず意識の動きから入っていく。すべては流れの中で決まっていくのです。

 構図のような静的な側面よりも、運動、あるいは意識の流れ、といった動的な側面を重視するところが、まさにアニメーターならではの真骨頂といえるかもしれません。

 

 そして、こうした「描き送り」<1>的な手法が、図らずも彼の相反する性質を浮き彫りにしているようにも思えます。

 歴史の大きな流れに対して、果たして個人は何ができるのか。できないのか。

 

 安彦良和は、現在、「最後の長編マンガ」として、シベリア出兵前後の極東を舞台にした『乾と巽』を連載中です。『虹色のトロツキー』から始まる安彦近代史に最終的なケリをつけることができるのでしょうか。

 

 

◆◇◆安彦良和のhoriスコア◆◇◆

 

【やすひ腰】92 hori

「ジョジョ立ち」ほど、はっきりしたニュアンスがあるわけではないので、説明するのが難しいのですが、安彦先生の絵に親しんだ人なら誰でも「ああ、わかる」と言うのではないでしょうか。

 

【毛筆】85 hori

‘79年のデビュー作『アリオン』から一貫して筆で描いています。筆の種類は削用筆というものだそうです。

 

【筆圧】67hori

筆圧が弱いということは、力を抜いていいことを意味しません。むしろ、筆とペンでは、圧倒的に筆の方が疲れるとは、星野之宣先生も証言しています(「漫勉neo」より)。

 

 

  • ◎●ホリエの蛇足●◎●

 

<1>描き送り

アニメにおける作画において、原画と原画を中割りで埋めていくのではなく、順送りで描いていく手法。「送り描き」「乗せ描き」とも呼ばれる。

 

 

「マンガのスコア」バックナンバー

 

アイキャッチ画像:安彦良和『虹色のトロツキー』②潮出版社


  • 堀江純一

    編集的先達:永井均。十離で典離を受賞。近大DONDENでは、徹底した網羅力を活かし、Legendトピアを担当した。かつてマンガ家を目指していたこともある経歴の持主。画力を活かした輪読座の図象では周囲を瞠目させている。