手塚治虫①『火の鳥』模写 【マンガのスコア LEGEND01】

2020/03/21(土)11:32
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 近大アカデミックシアターDONDENには「LEGEND50」という、ちょっと特別なコーナーがあります。戦後マンガ史上、絶対にハズすことのできないレジェンド級のマンガ家たち50人を一堂に集めた、とってもゴージャスな一角なのです。そのラインナップは……

――おいおい、あきらかになることでしょう。

 

 今回、私が仰せつかったのは、これらレジェンドな作家達の作品を、1ページまるまる模写せよ、というお題です。

 模写というのは、なかなかキレイにいくものではありません。そこから生み出されるズレやユガみから、マンガ表現に特有のスコアがあぶり出されるのではないか、というのが今回の壮大な(?)プロジェクトの目論見なのです。

 

 さて、記念すべき第一回のお題は、手塚治虫『火の鳥』です。

 うわっ。ど真ん中すぎじゃないですか、とひるんだものの、むしろ、いきなりクライマックスこそ編集学校っぽい、と開き直ることにしました。

 

 というわけで、「いきなり始めます」。

 

『火の鳥 異形編』より模写

     (引用元:角川書店版第3巻p265)

 

 かなりざっくり描いてみましたが、どんなもんでしょう。手塚治虫は、かなり真似しやすい部類だと思います。記号性の高い簡略化された輪郭で構成されているので、ある程度のレベルまでは似せて描くことができます。とはいえ完璧に似せるのはとても難しい。

 

 難しい理由の一つは、描線の丸さです。どこもかしこも丸みを帯びている。これは非常に輪郭が取りづらい。このカットでいえば一コマ目の火の鳥の顔は完全に失敗しました(笑)。火の鳥の顔って、ものすごく難しいですね。まず、パーツの位置が特定しにくい。曲線の角度も難しい。元絵どおりの方向にラインを引いているつもりなのに、なんでこんなに違ってしまうんだろうと首をかしげてしまいます。

 藤子不二雄『まんが道』の中で、主人公の満賀道雄が手塚治虫の模写をして、どう頑張っても手塚先生の神技のラインが引けず愕然とする、というシーンが出てくるのですが、「それはこういうことか!」と激しく納得しました。

 

 さて、手塚治虫の描線が極めて丸みを帯びていることは今更指摘するまでもないことでしょう。事実、手塚自身も、線の丸さには、大変なこだわりを持っていました。NHKが1986年に制作したドキュメント「NHK特集 手塚治虫・創作の秘密」は、家族やスタッフさえ入れない手塚先生の禁断の仕事部屋にカメラが潜入した貴重な記録映像で、手塚ファンの間では有名な「アイディア・バーゲンセール」発言が出てくることでも知られる作品です。

 このドキュメントの中で手塚治虫が「ボクはもうマルが描けなくなった」ということを悲痛な表情で訴えるシーンが出てきます。きれいなマルが描けないということを、まるでマンガ家人生の終わりであるかのように嘆き悲しんでいるのです。手塚にとって、丸い線って何だったのでしょう。

 

 次回は、簡単なようで奥の深い、手塚治虫のマルについて考察してみます。

 

(お詫び)こちらのサイトをよくご覧になっている方の中には、当ページが、一瞬登場した後、数日のうちに消えてしまっていたことに気づかれた方もいらっしゃったかもしれません。当ページは当初、画像の引用を多数使用していたため、いったんガイドラインをはっきりさせてから再スタートしようということで、今回のような形で仕切り直しとなりました。当初のページを覚えておられる方は「なんか地味になったな~」と思われるかもしれませんが、そこは、内容のより一層の充実で補っていく所存ですので、今後ともごひいきのほど宜しくお願いいたします。

 

 LEGEND01手塚治虫①

 LEGEND01手塚治虫②

 LEGEND01手塚治虫③

 「マンガのスコア」バックナンバー

 

アイキャッチ画像:手塚治虫『火の鳥3 ヤマト・異形編』(KADOKAWA)

  • 堀江純一

    編集的先達:永井均。十離で典離を受賞。近大DONDENでは、徹底した網羅力を活かし、Legendトピアを担当した。かつてマンガ家を目指していたこともある経歴の持主。画力を活かした輪読座の図象では周囲を瞠目させている。

コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。