マンガのスコア LEGEND02つげ義春①「図」と「地」の逆転劇

04/13(月)10:33
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今回取り上げるレジェンド作家は、フランス・アングレーム国際漫画祭・特別栄誉賞受賞の記憶も新しい、つげ義春です。受賞したことよりも、つげさんが授賞式のためにフランスまで行ったことの方が話題になってましたね(笑)

 

つげ義春は、寡作で地味な作風の作家ですが、不思議なくらい人気があります。筑摩書房の全集をはじめとして、作品集もこれまで何度も編まれてきました。

そのおかげで、私たちは、つげ義春が独自のスタイルを確立する以前の、初期作品までも、容易に目にする機会に恵まれているわけですが、それらが意外とふつうな作風であることに驚かされます。

ときおり救いようのない暗い作品が出てきたりしてぎょっとしますが、基本的には、当時、流行っていた貸本劇画のタッチを小器用に真似ながら、可もなく不可もない作品ばかり描いている印象です。そうした潜伏期間が意外に長いのですね。

つげ義春が、ようやく私たちの知ってるつげ義春になるのは「ガロ」(青林堂)に執筆しはじめる1960年代半ば以降ということになります。

今回の模写作品としては、つげ義春が、ようやく自己の作風を確立した頃の代表作の一つである「紅い花」(1967)を取り上げてみました。

 

「紅い花」模写

(出典:つげ義春『ねじ式つげ義春作品集』青林工藝社)

 

いやあ、見ると描くとでは大違い。予想以上に苦労しました。

さすがに、つげ義春は上手いですね。

この絵でなんとか伝わればいいのですが、背景の丁寧な描きこみに、かなり心を配っていることが分かります。ベタをかなり大胆に使っていますね。とくに最後のコマの思いきったベタの処理などはカッコイイなあと思います。

ふつう、マンガにおける背景画は、文字通り「図」に対する「地」と見なされがちです。製作現場でも、背景はアシスタントが作画することが少なくありません。やはりマンガの花形は人物なのですね。

ところが、60年代の貸本劇画の中に、背景に対するこだわりを見せる作家が現れ始めます。代表的なところでは、白土三平と水木しげるでしょうか。

この両者は、同業の貸本劇画系の作家たちに広範な影響を及ぼすことになりますが、つげが特に影響を受けたのは水木の方でしょう。

水木しげるは、すでに貸本時代から独特のタッチを確立していました。つげは一時期、水木のアシスタントをしていたほどですから、当然、技術面で多くのものを吸収しています。特に水木の背景画は、ベタの使い方が巧みで、このタッチは、同時代の作家たちに急速に波及し、共有されるようになります。

しかし、つげ義春は、水木から多くのものを受け取りつつ、単なる模倣にはとどまりませんでした。

「ガロ」を主戦場に移した頃から、つげ義春の作風に大きな変化が現れ始めます。いわゆるバケる、というやつですね。作家的な自覚が芽生え始めるのです。その起爆剤の一人となったのは、おそらく永島慎二でしょう。

模写(左)永島慎二「蕩児の帰宅」(右)同「生きる」

(出典:永島慎二『漫画家残酷物語』②③小学館文庫)

 

つげと永島は、お互い無名の新人だった頃から交遊があり、しばしば熱いマンガ談義を交わしあったりする仲だったようです。永島は60年代初期という、かなり早い時期から「シリーズ黄色い涙」という連作名で、文藝味の強い作品を描いていました。

 

つげ義春や永島慎二が当時、作品発表の舞台としていたのは、いわゆる貸本劇画誌です。

貸本劇画の主な読者層は、当時の言い方でいうブルーカラー層。集団就職で上京してきた工員さんなどが、銭湯の帰りに立ち寄る貸本屋で借りていくものだったのです。

殺し屋や無国籍ギャングや怪奇モノなどがメインだった貸本劇画界で、永島慎二は、一貫して内省的で私小説的なマンガを描いていました。そしてそのような作品が、さいとう・たかをや、ありかわ栄一などの人気作家と肩を並べて掲載され、一定の支持を得ていたのは面白い現象です。

永島慎二の画風は当時としては非常に洗練されたもので、エコール・ド・パリ風の洒脱なタッチは全く他の追随を許さないものでした。

つげが「ガロ」に登場して間もない頃に発表された「沼」は、彼の作品歴の中でも画期をなす重要なものですが、ここに描かれるキャラクターの、特に眼の描き方などに永島慎二の、あきらかな影響の跡が伺えます。

つげ義春「沼」模写

(出典:つげ義春『ねじ式つげ義春作品集』青林工藝社)

 

このように同時代の良質な才能を貪欲に吸収しながら自己のスタイルを模索しつつあったつげ義春が、いよいよレジェンドな作家として唯一無二のスタイルを確立していく様を次回では見ていこうと思います。

 

アイキャッチ画像:『つげ義春 夢と旅の世界』(新潮社)


  • 堀江純一

    編集的先達:永井均。十離で典離を受賞。近大DONDENでは、徹底した網羅力を活かし、Legendトピアを担当した。かつてマンガ家を目指していたこともある経歴の持主。画力を活かした輪読座の図象では周囲を瞠目させている。

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