マンガのスコア LEGEND02つげ義春②ねじ式クロニクル

04/14(火)11:42
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つげ義春の作家的全盛期は、やはり「ガロ」に集中的に作品を発表していた60年代後半の数年間だというのが衆目の一致するところでしょう。

つげの「ガロ」初登板は65年の「噂の武士」に始まりますが、白土三平風貸本劇画のタッチを残しながらも、すでにつげらしい諦観の漂う奇妙な作品に仕上がっています。

その後も、つげは精力的に執筆を続け、「沼」、「チーコ」といった重要作を次々に「ガロ」誌上に発表していきます。

これらの作品は、当時あまりウケがよくなくて、がっかりしたなどと、つげ自身はインタビューで語っていますが、自分の中で確かな手ごたえを感じてはいたのでしょう。

これ以降、急速に、つげ義春独特の世界観が確立していきます。そして作風の変化と同時に絵柄も大きく進化していくのです。もはや誰の絵でもない唯一無二の、つげ義春タッチというべきものが確立していくのですね。

ベタの使い方に関して言うと、前回言及した背景だけでなく、人物を黒く塗りつぶす手法も、しばしば効果的に使われています。「ゲンセンカン主人」の黒いシルエットの描写など、多くの人の記憶に残っているのではないでしょうか。

「ゲンセンカン主人」模写

(出典:つげ義春『ねじ式つげ義春作品集』青林工藝社)

 

こうした手法は、安部慎一や鈴木翁二など、後続のガロ系作家に吸収され昇華されていきます。いかにもガロ的な雰囲気を思わせる特徴的なタッチとなっていくのです。特に、林静一や勝又進などは、黒い人物の使い方が印象的ですね。コントラストの強いデザイン的なタッチと、叙情性が見事な融合を見せていました。

勝又進「桑いちご」模写

(出典:勝又進『赤い雪』青林工藝社)

 

そして、つげ義春を語るに際して、どうしてもハズせない、というよりも日本マンガ史上における里程標とも言うべき「ねじ式」についても触れておかねばならないでしょう。

これは「ガロ」1968年6月増刊号「つげ義春特集」に発表されたものです。つげ氏は、この作品について、苦し紛れに適当に描いたというようなことを盛んに言っていますが、これは、どう見ても自覚的に思いっ切りギアを入れて描いたことが、はっきりわかる作品です。それでもここまで反響を呼ぶことになるとは予想外のことだったのではないでしょうか。

この作品は発表直後から大変な話題を呼んで、当時の文化人や識者による侃侃諤諤の大論議を呼びました。

いまの目から見ると、なぜそれほどまでに大騒ぎする必要があったのかと思いますが、当時、このようなかたちでマンガの中に、幻想や狂気といったテーマを描き込むことが可能だとは誰も思わなかったのでしょう。この作品にリアルタイムに出くわした人たちの衝撃と動揺が、いかに深かったかを物語っています。

中野翠の自伝的著書『あのころ、早稲田で』(文春文庫)の中で、当時早稲田の学生だった中野さんが、自室の壁に「ねじ式」の切り抜きを貼って、ポーズを取っているチャーミングな写真が載っています。当時の若者にとって「ねじ式」は、最高にトンガっててカッコいい作品だったのですね。

 

こうして、創刊当初は白土三平マガジンの色合いが濃厚だった「ガロ」も、やがて時代の風が、つげたちの方に吹き始めているのを敏感に察知し、徐々に誌面を刷新していきます。「ガロ」は商業誌から距離を置いた文芸性の高い作品を積極的に登用し、当時の青年読者層の広範な支持を獲得していくようになっていくのです。

しかし、つげ義春は、「ガロ」における豊穣の数年間を過ごした後、急速に執筆意欲を失い、寡作になっていきます。マンガ家として行き詰まりを感じたつげは中古カメラ屋や古本屋などへの転業なども本気で考えていたようです。

そんなつげが突如復活したのが80年代半ばからの数年間です。ほとんどつげ義春のために作られた雑誌とも言われている「COMICばく」(日本文芸社)を中心に次々と作品を発表していきました。その一つが連作短編集『無能の人』(日本文芸社1988)にまとめられた一連の作品群です。つげ自身を彷彿とさせる人物を主人公とした私小説的色彩の強い作品で、刊行当時、かなり話題になったと記憶しています。

つげ義春「鳥師」模写

(出典:つげ義春『無能の人』日本文芸社)

 

『無能の人』集中の白眉は、やはり「鳥師」でしょう。

ここに登場する鳥のような男は、ほとんど黒いシルエットでしか登場しません。

作者の内面の心象風景を具現化したような、この鳥師のもつ圧倒的な存在感は、まさにマンガ表現ならではのものと言えるでしょう。

竹中直人監督も1991年の映画版で、なんとか再現しようと頑張っていましたが、さすがに無理がありましたね。

 

『無能の人』は、つげ義春の完全復活を示す見事なものでしたが、その後ほどなくして、つげは完全に沈黙してしまいます。以後、つげ義春は三十年以上新作を描いていません。

 

アイキャッチ画像:つげ義春『無能の人』(日本文芸社)


  • 堀江純一

    編集的先達:永井均。十離で典離を受賞。近大DONDENでは、徹底した網羅力を活かし、Legendトピアを担当した。かつてマンガ家を目指していたこともある経歴の持主。画力を活かした輪読座の図象では周囲を瞠目させている。