枯れ井戸に寺の境内、川の渡し場。どれも能の舞台である。能では、旅人や僧侶などのワキが登場した後、鏡の間から長い橋懸りを渡って生き霊などのシテがやってくる。異界の者であるシテはみな残念や無念を抱えている。世阿弥は、なぜこのような残念さえも能に持ち込んだのだろうか。
【負を編集契機ととらえた世阿弥】
10月23日の第36[花]入伝式。花伝所はイシス編集学校の編集エンジンのギアたる編集道の「代」(師範代)を創る唯一の場である。1週間前のガイダンスで身なりを整えた受講者たちは、[破]や[離]から[花]へと乗り換え、入伝式で花伝生へ一気に着替えをし、花伝式目へと持ち変える。
舞台となる本楼に向けて、一歩、また一歩と踏みしめつつ松岡校長があらわれる。本棚劇場の中央に立った校長は、「世阿弥」「花伝書」「時分の花」「嵩(かさ)と長(たけ)」といった基本となるコンセプトを連ねていく。
「花伝書」とは、世阿弥による日本ならではのトレーニングバイブルであり、言葉や体の曲(くせ)と戦い、本来目指すべきものを示す指南書である。その目指すべき最高の位を世阿弥は「闌位」と名付けた。
「闌位」へ向かうために、松岡校長は「かまえ」と「はこび」を大切にしなさい、という。「かまえ」とは自らの中に潜んでいるエロスや死、憎悪などを消さないでが立ち上がるようにすること。「はこび」とは、喜びや悲しみ、惑いなどを消さないこと。
このように、世阿弥は負や残念を編集契機ととらえ、稽古の型や複式夢幻能のシステムに取り入れていたのである。編集工学においても幼な心や負も含めて情報として扱い、編集の対象としている。
こうした「かまえ」や「はこび」を成す型が、能における「二曲三体」であり、編集学校における編集稽古である。ちなみに二曲とは歌と舞、三体とは老体・女体・軍体のこと。歌舞においては、装束と仮面を身につけメイクアップを施す。
松岡校長の入伝式のファッションはゴルチエのダブル。濃いブルーの裏地には漢字があしらわれている。「服装も毎日の天気予報のようなままではいけない。入伝式という舞台に合わせて都度つくりなおすこと」(松岡校長)
【「初心忘るべからず」】
稽古とは古を考えること。原点に立ち返りながら行うのが稽古である。
松岡校長によると、能で用いられる楽器自体が、日々ゼロからコンディションをしていく必要があるという。例えば小鼓は適度な湿度が必要であり、反対に大鼓は素材である皮が乾いていないといい音が出ない、といったように。「初心忘るべからず」とは『大鏡』に残した世阿弥の格言である。
編集稽古は日々積み重ねてこそ。花伝生の7週間にわたる編集稽古がいよいよ始まる。
【第36期[ISIS花伝所]編集コーチ養成コース 指導陣】
校長:松岡正剛
所長:田中晶子
花目付:深谷もと佳、林朝恵
花伝師範:岩野範昭、吉井優子、岡本悟、中村麻人
錬成師範:美濃越香織、梅澤奈央、蒔田俊介、神尾美由紀、武田英裕、牛山惠子、尾島可奈子、阿久津健
上杉公志
編集的先達:パウル・ヒンデミット。前衛音楽の作編曲家で、感門のBGMも手がける。誠実が服をきたような人柄でMr.Honestyと呼ばれる。イシスを代表する細マッチョでトライアスロン出場を目指す。エディスト編集部メンバー。
37[花]入伝式 松岡校長メッセージ 「稽古」によって混迷する現代の再編集を
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