【二千光年の憂鬱】Chapter6 All about buddha

2022/07/31(日)08:00
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今回は仏教について語ってみたい。解脱した釈迦がなぜ、そのまま入滅せずに現世に戻ってきたのか。釈迦以前に解脱した阿羅漢たちとは何が違ったのか。そもそも解脱とは何なのか。仏教ではヒンドゥ教における永遠不滅のアートマンの実在を認めていない。であるなら輪廻も否定されるべきで、輪廻から解き放たれる解脱も否定されるべきなのではないか。そのような疑問から出発して、ブッダとその教え、仏教について考察してみた。

 

■仏教の根本原理

 

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す」

有名な平家物語の冒頭の句である。


第一の句と第二の句が与える印象は少し違うが、対を為しており、両者いずれも、万物は流転するという形而上学的認識を歌っている点では共通している。

美しく咲き誇った翌日に散り終えてしまう桜の美しさを儚さと詠嘆する日本人は、諸行無常の心理を抒情化しているのではないか、平家物語に観られるような仏教観は、アニミズムと混交した通俗的なもので、そこに精神性はないと「日本的霊性」の著者鈴木大拙は嘆いている。鈴木大拙によれば、日本人は禅宗と浄土真宗によって精神的に覚醒した。それ以前の日本人に、たとえば「平曲」の琵琶法師たちに精神的な世界は無縁だったということになる。

それが正しいかどうかはさておいて、日本的な無常観と、古代インドにおけるそれとは、大きく異なっていることは確かであろう。

 

仏教の根本原理は第一に諸行無常、第二に諸法無我、第三に涅槃寂静であり、これを第三法相という。あらゆるものは因縁から生じ、実体としては存在しない。煩悩が消えた涅槃の世界は静かで安らぎに満ちている。ところが、仮象に過ぎないあれこれを欲望するから、人は煩悩に苦しむことになる。苦しみから解脱するには諸行無常、諸法無我を自覚し、涅槃寂静の境地に達することであると釈迦は説いた。

仏教の苦とは単なる肉体や精神の苦痛のことではない。本来的な状態から生じる不具合が原因で期待が裏切られざるを得ないことを言う。

仏教の苦とキリスト教の罪とは大きな違いがある。仏教の苦はどれも個人的な苦しみであり、原理的には個人の努力で解消できる。キリスト教の罪は人間にはどうにもできないものであり、神にすがって、告戒し、赦しを得るしかない。キリスト教の信仰が神に救われるための個人的努力だとすれば、仏教の信仰は自分自身の努力で救いを得ることである。大乗においては、自分のみならず他者を、そして世界をも救う事が宗教上の目的となる。

あらゆる煩悩から解き放たれて、究極の安らぎが得られる。それを涅槃、ニルヴァーナと言う。釈迦の時代の修行者は、ニルヴァーナを目指して苦行に励んだ。

ギリシャ人が信仰したパルテノンの神々、あるいは古代インド人が崇拝したブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァなどヴェーダの神々、ヤーヴェを報じるヘブライ人が闘ったカナン土着の神々であるパアルやアナトやハイルトなど、その他もろもろと、ブッダの教えは無縁である。

釈迦は古代インドの神々が存在することを否定しないし、神々を信仰し、求めるモノを得ようと努める人々は、そうすればよいというのが釈迦の立場だ。神々や神々の加護を得るためのバラモンの祭壇には満たされない人々のために、釈迦は真実の救いを説いた。

神々に頼るのではなく、自身の努力で救済を得ようとする信念を一般的な意味での宗教とは言い難い。そして、後の世の大乗はともかく、上座部仏教は民を救うわけではなく、厳しい修行をした僧だけが悟りを得られるというものである。だとすると釈迦が説いた教えは宗教と言えるのだろうか。


今日の南伝仏教は社会的な役割を果たしている宗教だけれども、本来の上座部は個人の解脱の追求を第一義とする点で秘教的であった。だから、大乗が登場したともいえるのだが。

 

本来の仏教では、人としての釈迦が人々に法を説いたに過ぎない。人々は釈迦に学んで、釈迦のように悟りを開こうと努める。ここには神的な超越性が介在する余地はない。悟りをめぐる釈迦の教えは、人間主義的で個人主義的である。

上座部の釈迦は人であるが、大乗の釈迦は神の如き存在である。インド古来の神々は仏教化され、菩薩や阿羅漢も神格化され、そのパンテオンの最高神としてブッダである釈迦が君臨すると言う構図か。日本の大乗仏教においては、というか浄土真宗においては、別世界のブッダとしての阿弥陀如来を一神教的に信仰するといった側面も持った。


阿弥陀如来を一神教的に信仰し、武装する中世日本の農民は、同時期のドイツ農民戦争よりも大規模な民衆反乱を戦い、一世紀もの間北陸地方に広大な解放区を維持した。織田信長も一向一揆には手を焼いた。信長がイエズス会を優遇したのは一神教には一神教で対抗しようと言う思惑があったからだろう。

釈迦は、人間から切り離して存在するようなブラフマンを認めない。ブラフマンと合一するための修行など無意味だというのがブッダの教えであり、同時にアートマンも否定する。世界も自我も存在しない。


■三千大世界にブッダ一人


釈迦、ゴータマシッダルータは菩提樹の下で悟りを開いて成仏した。悟りを開いた僧は誰もがブッダになれるのだろうか。だとするとブッダは何人もいることになるが、悟りを開いた仏僧は阿羅漢であって、ブッダとは違う。阿羅漢はたったいまも何人もいるらしい。


阿羅漢は法を会得するにすぎないが、ブッダは法の化身である。ヒトとして生まれ、悟りを開いた釈迦は、その瞬間に世界そのもの、宇宙そのものとしての法に変じた。入滅した後に、釈迦はヒトのかたちを離れて法そのものと化した。

とすると、この世にはブッダは一人しかいないのである。時空を超えて沢山存在するかのように見えるブッダの実体は一つなのである。ブッダとは法そのものを言うのだから。

一世界一仏。ただし、この場合の世界とは当時のインド圏ではない。私たちが考えるような地球全体でもない。須弥山を中心として周囲に四大州、そのまわりに九山八海がある。これを一世界として一世界が千集まって小世界、小世界が千で中世界、中世界が千で大世界、つまり、千の三乗で合計十億と言う膨大な須弥山世界を三千大世界といい、そこにブッダは一人しかいない。

時間的にはどうだろう。

釈迦の次にブッダになるのは弥勒で、五十六億七千万年先の事。

初期仏典にも未来仏として弥勒の存在は予告されているが、弥勒菩薩として、信仰の対象とするのは大乗の信者のみで初期仏教においては、弥勒は仏ではない。大乗においても、仏となった瞬間に弥勒は法そのものになるわけだから、結局のところ、広大な時空にブッダは一人しかいないのである。

ところで、釈迦が死ぬ前に阿羅漢は何人いたのか。少なくとも499人、あるいはそれ以上、いたとされている。

釈迦の入滅後、仏教界の序列第一のマハーカッサバが、各地に散在していた阿羅漢たちに結集を呼び掛けた。キリスト教の公会議とは違うにしても、仏教界や教義の統一性を保持するための、一種の宗教会議ともいえるものだった。結集の目的はブッダの教えを整理して後世に残すことだ。ただ、誤解してはいけないのは、文書として残すのではなく、全員で覚えてしまい、いつでも声を合わせて唱しうるようにすることだということ。ブッダ自身は教えを体系的に説いたのではない。人を見て法を説く対機説法で、教えを求める者それぞれに違う言葉で答えた。だから形式的な意味では矛盾するような発言も少なくない。それを放置しておいては僧たちがブッダの言葉を勝手に解釈し、仏教は混乱に見舞われただろう。それぞれの教えが説かれた文脈を正確にとらえて真意を確定し、全員で共有化するための結集だった。

マハーカッサバが招待したのは499人の阿羅漢と一人の修行僧だった。唯一の修行僧は長く釈迦の侍者を勤めていたアーナンダで、二十年もの間行動を共にしていたから、師の説法を誰よりも多く聴いていた。しかしブッダの身辺の世話に謀殺され、自身の修行に割くための時間が少なすぎたのか、アーナンダは釈迦の生前、悟りの境地には達していない。

マハーカッサバとしては阿羅漢だけで会議を開きたかったのかもしれない。とはいえ、誰よりも師の説法を聴いていたアーナンダをはずすわけにはいかない。

結局、アーナンダも結集までには、無事に悟りを開いたそうで、結集した500人全員が阿羅漢だったとされている。

こうして開会に至るが、アーナンダは予想外の発言をする

入滅直前に釈迦は、自分の死後は細かい戒律は捨てよと言い残したというのだ。
しかし、廃止しても良い戒律としてどのような項目を置いていたのかは定かではない。何を捨て、何を残すべきかで議論は紛糾し、どうしても結論が出ない。やむなく釈迦生前からの戒律はすべて残されることになった。

ここで疑問が湧くのだが、釈迦は既にいないのに、アーナンダが悟ったことを認めたのは誰だったのだろう。

結集以降は阿羅漢の師が弟子の悟りを承認するようになるとしても、アーナンダの師は釈迦であり、マハーカッサバや他の阿羅漢が代行することはできないはずなのに、釈迦の死後に、アーナンダが阿羅漢であると承認されたのは何故なんだろう。

悟ったか悟っていないかを判断する基準が曖昧であったこと。ここに仏教の抱える問題点がある。キリスト教には、聖書(=神との契約)、イスラムにはコーランという中心があるが、仏教には中心がない。ブッダの教えは文字を介した書物として広まったわけではない。聖書が神との契約を文書化したものであり、コーランは神の言葉そのものであるのに対して、経典はあくまで人間釈迦が説いた言葉を弟子たちが編纂したものである。宗教としての仏教の特異な点だ。

菩提樹の下で悟りを開いた釈迦は、自分自身の苦しみ、悩みから究極的に逃れ出て涅槃の境地に達しようと出家し遍歴し、修行を重ねて悟りを開いた。としたら、そのまま涅槃に入るのが自然ではないだろうか。なぜそうしなかったのか。もし釈迦がそうしていたら、はた目にはみすぼらしい襤褸をまとった行者が餓死しただけにしか見えなかっただろう。また、釈迦が悟った直後に入滅することを望み選んでいたとしたら、釈迦の教えは世に広められることなく、教団宗教としての仏教も誕生しなかったはずだ。

釈迦以前にも悟りを開いた者はいたに違いない。でも、彼らはそのまま入滅することを望み、誰にも知られることなく、解脱していった。釈迦以前に解脱した者たちと釈迦の違いは何だったのだろう。なぜ、釈迦は布教を始めたのか。

釈迦が生きた時代には、多くの修行僧がいて、それぞれに解脱を求めて苦行を重ね、あるいは思索を深めていた。当時の宗教はバラモン教だが、釈迦はバラモン教に変わる新しい宗教、正しい宗教を起こそうと望んだのではない。形骸化したバラモン教には批判的でも、それを否定したわけではない。ジャイナ教などの同時代の他の宗教を外道として蔑んだのは後世のことで、釈迦自身はそれぞれに敬意を払っていた。

ブッダになる前の釈迦も他の修行僧と同じように一人で瞑想し、悟りを開こうと努めたに過ぎない。当時の修行僧であれば、例え悟っても、救われない他人を救う事、そのために法を説くことなどに意味はないと考えただろう。だが釈迦は違った。解脱しブッダとなった釈迦は、他者を救うために法を説き始めたのである。

梵天が表れて俗世の人々に教えを説くように頼んだというのは、喩え話だろう。当時の修行僧としては常識外れだった釈迦の決断を表現するために、仏典の作者がバラモン教では最高神の梵天を引き合いに出して合理化するために、物語を創作したのだろう。

釈迦が得た真理は、個人的な救済や魂の究極的な静謐を求めた他の修行者たちの真理とは根本的に違っていて、人々に伝えなければならないこと、伝えることで成就しうるという認識、すなわち慈悲と言う概念が内在していた。

釈迦の教えでは、自己=アートマンは存在しない。アートマンとは、もともと呼吸を意味する言葉だった。同じ印欧語族の古代ギリシャでも、呼吸や息の意味だったプシュケーが転じて生命や心や魂を示す語になったのと同様、古代インドでアートマンの語は身体、自己、霊魂などを意味するようになる。永遠に輪廻し続ける不滅のアートマンの実在が信じられていた古代インドで、釈迦はそのようなアートマンは存在しないと主張した。

ブッダガヤで悟りを開いた後に、釈迦は説法のためペナレス郊外サールナートの聖地<鹿野苑(ジャルダン・ド・セール)>に向かった。以前から鹿野苑には数多くの修行者や聖者が集っていた。そこで説いた教えの中に非我説の最初の例も含まれていた。体系的に整理されたのは、もっと後のことだが。

ちなみに、フランスで「鹿の園」と言えばルイ15世の愛人ポンパドール夫人がヴェルサイユの森に設けた国王専用の娼館のことである。

 

■心とは認識の作用であり、知るという働き(=力)である


釈迦は身体的な存在は仮象であると、物質形態は永遠不滅の自己ではないと、五人の弟子に語った。もしも物質形態としての身体が永遠不滅の自己であるなら、病気になることなどないだろうと。

自己と現象世界を構成している要素の第一が身体を含めた物質形態だが、それだけではない。第二に感受作用、第三に表象作用、第四に形成作用、第五に識別作用。この五つから自己は構成されているが、そのいずれも本当は存在しない。食物がなければ人は飢えて死んで、身体は消滅してしまう。物質的なカタチのあるものはすべて同じ。感受作用は五官が対象と接することで生じる。接触が消えれば感受も失われる。

主観としてのワタシが、世界を知覚し、感受し、表彰し、認識するのではない。仏教は知覚や表象や認識が作用に過ぎないと主張する。作用とは項と項の関係だから、アートマンと言う形而上学的実体は想定しえない。二十世紀の科学思想にも見られる実体論と関係論の対立が二千五百年前のインドですでに見られたのである。

古代インドの唯物論はソクラテス以前の自然哲学、万物の根源は水だとしたタレスなど、イオニア学派の賢者たちが唱えた説と共通するところがある。時代も同じころだし、アケメネス朝のペルシャ帝国を挟んで両者に影響関係があったのではないか。中国の戦国時代には、鄒衍(すうえん)の五行説がある。同じころに同じような思想が、ユーラシア大陸の西、南、東で同時発生した可能性がある。

旧約聖書もモーセ五書からエステル記までは古代イスラエル人の神話や歴史を記したものと言えるが、ヨブ記は性格がまったく違う。ヨブの名を冠した思想が存在するわけではないが、全知全能の唯一神を信仰するユダヤ教やキリスト教には容易に逃れ難い神義論という難問と、ヨブの名は切り離せない。古代イスラエルでヨブ記が成立したのも紀元前五世紀ごろである。

釈迦の思考には、デカルトの方法的懐疑を思わせるところがある。釈迦は身体のような物質的実在を疑い、表象を疑い、そして最後には認識それ自体、認識される現象世界そのものを疑う。デカルトは外部感覚や内部感覚への懐疑から始めて数学的計算や、最終的には神の存在まで懐疑の対象となるが、自分の肉体を含めて、あらゆる存在が疑われても、懐疑している私の存在だけは不可疑であるとして、「コギト・エルゴ・スム」の真理に到達した。

身体や物質的世界の実在を疑うところから出発して、釈迦は私の非在に到達し、デカルトは私の存在という結論に辿り着く。出発点は似ていても結論は正反対である。

余談だが、ボクは中学生のころ、デカルトについて学んだ時、どうしても納得いかないと言うか腑に落ちなかった。「私は考える」がなぜ、「私はある」と必然的に結びつき得るのか。思考と存在は次元が異なるから、両者を無前提に「故に」として結びつけるのは無理があるのではないか。中学生のボクはそう思って、教師に質問したが納得のいく答えは返ってこなかった。

ヒンドゥ教では永遠不滅のアートマンが、無限に輪廻転生し続けるのだが、非我説の仏教ではアートマンの実在性を認めない。なぜなら、永遠不滅の我があるとすれば、人が解脱することなど不可能なのだから。アートマンが存在しないからこそ、人は輪廻から逃れられる。でも、非我論に立つのであれば、そもそも輪廻という概念も存在しないことにはならないだろうか。

アートマンも含めて、なんらかの主体や実在的に存在するものが輪廻するのではない。仏教は主体も実体も認めないのだから。心とは認識の作用であり、知ると言う働き。働きは力と言い換えることが出来、世界も人も交錯する多様な力から構成されていると言える。

仮に私が死亡し、知るという働き、作用、そのための力が失われると、どこかの世界で同じパターンの力が生じ、同じ認識作用が再生される。消えた力と生じた力は実体的には別物だが、パターンとしては同型的である。固有の心が消滅した瞬間、それと同じパターンの心が必然的に生じる事態を指して仏教では輪廻と呼ぶのではないか。輪廻という概念が、その意味が、アートマンの不滅性を前提とするバラモン教やヒンドゥ教とは根本的に異なっていると理解すればよいのではないか。そのように考えると、解脱とはある力で構成される認識作用、心のパターンを消し去ってしまう事であると説明がつく。

 

今日を生き延びるための10曲(6)

  1. 1.BRAHⅯAN / Far from
  2. 2.millennium parade/NEHAN
  3. 3.Nehann/Nylon
  4. 4.Yes / Close To The Edge

5.ONE OK ROⅭK / We are

  1. 6.Radwimps / 正解
  2. 7.JEFF BUCKLEÝ / Halleljah
  3. 8.Leonard Kohen / Halleljah
  4. 9.Steve Harley & The Ⅽockney Revel / The Best Ýears of our lives

10.Bump of chiken / Supernova

 

 

今回の10曲は正直、悩んだ。聖書に書かれた物語を歌った曲や、宗教的な曲はたくさんあるが、仏教にちなんだ曲はなかなか思いつかなかったので、バンド名や曲のタイトルがそれっぽいもの、あとは曲の世界観が壮大であったり、聴いた時に敬虔な祈りのような感情を抱いた曲を選んだ。

 

1のブラフマンはバンド名やアルバムタイトル、曲名に仏教を想起させるものも多く、個人的にも好きなバンドなので、すぐに頭に浮かんだ。この曲はBRAHⅯANの魅力がすべてつまった1曲となっている。

 

 

2はKing Gnuの常田大希が率いる、もう一つのバンド。初期においては、King Gnuとmillennium paradeの線引きは、かなり明確であったが、King Gnuはより実験的になり、ミレニアムの方は逆にポップに寄せてきて、両者の音楽性がかなり近づいてきた印象がある。常田さんはKing GnuはJ-popの王道を行くと、インタビューで答えていたが、Jpopの可能性を、どんどん広げてきたのがKing Gnuの、というか常田の今までの歩みだとすると、もう何をやっても、これが俺だという自信を持つことが出来たのだろう。こうあらねばという縛りがなくなった結果、2つのバンドの違いが曖昧になってきたのだと思う。この曲はアバンギャルド色が強く、一聴してmillennium paradeの曲と分かる。

 

3はバンド名がNehannということで取り上げたが、仏教の世界観とは関係がない。おそらくはグランジの代名詞であるNirvanaへのリスペクトからつけたバンド名だろう。日本には珍しいネオゴシックバンド。曲によってはNirvanaの影響を感じさせる部分もあるが、80年代のゴシックバンドやポジティブパンクを彷彿とさせる。ザ・カルトのイアン・アストペリーや、ドアーズのジム・モリソンが憑依したかのようなボーカルは、有無を言わさずカッコEE。いや、カッコE超えて、カッコF。

 

4以降は仏教的世界観や仏教とは関係なく、スケール感があり、イメージが広がるという観点で選んだ。

 

4は70年代初頭から半ばにかけて、異様な盛り上がりを見せたプログレッシブロックの中でも、各個人の超絶技巧に支えられた鉄壁のアンサンブルと、目まぐるしく変化する、変拍子を多用した超複雑な曲構成で人気を博した。何度もメンバーチェンジを重ねて、いまも現役でがんばっているが、この曲はアーリーyesの代表曲。80年代には彼らの唯一の全米ナンバー1ヒット曲、「ロンリーハート」が発表されたが、その時期のイエスに対して、ポップに走り過ぎたという印象を持つプログレファンが多く、評価は概ね低いようだ。私はというと、そもそも、恐ろしいほどのプレイヤビリティや曲の完成度よりも、ジョンアンダーソンの書く、誇大妄想気味な歌詞と、他のプログレバンドと比較して、グルーヴィーでファンキーなところに惹かれていたので、ジョンとベースのクリススクワイヤがいればOK。ドラムはビルブラッフォードより、今年の5月28日に亡くなったアランホワイトの方が好きかも。

 

5,6はいずれも全国の18歳を集めて合唱するというNHKらしさ爆発の番組「18祭」で発表された曲。番組コンセプトは安易だが、ワンオク、ラッドの演奏と曲のクオリティの高さによって、奇跡のような時間が生みだされた。

 

7,8は多くのアーティストがカヴァーし、国際的なイベントでも歌われることが多いハレルヤを選んでみた。オリジナルはレナードコーエンだが、1984年発売のアルバム『Various Positions』に収められている。発売当時から個人的にはfavorite songだったが、世間的にはあまり知られてはいなかった。日本ではレナードコーエン自体がカルト的扱いで、マニアにしか聴かれていなかったという事情もある。5のジェフバックリーがデビューアルバム「Grace]でカヴァーしたことから、誰もが知る名曲となったのだが、それもジェフが30歳で夭折した後のこと。ジェフが歌うハレルヤはリキッドルームが新宿歌舞伎町にあったころに、最前列で聴くことが出来たが、レナードコーエンのハレルヤはライブで観ることは出来なかった。20代の頃、パリのオランピア劇場でレナードコーエンのコンサートを見る機会はあったが、その時点では、まだこの曲は世に出ていなかった。禅の修行のために、何度も来日はしているが、一度も日本でのコンサートは開かれなかったのがとても残念である。

 

9のスティーブハーレイ&コックニーレベルは70年代半ばの英国に咲いた徒花のようなバンド。スティーブハーレイは、人気絶頂の時にバンドを解散させ、ソロになったが、その後は、マニア好みのアーティストとして落ち着いてしまった。松浦理英子が彼らのデビューアルバムに収録されていた「セバスチャン」という曲にインスパイヤされて、同名の小説を書いている。歪んだユーモアと美意識に彩られた退廃的な曲が多く、ルキノヴィスコンティリリアーナ・カヴァーニ.が結婚して生まれた子どものような、ロキシーミュージックとボブディランが手術台の上で出会ったような、そんなバンド。今回取り上げたこの曲は、退廃的な色は薄く、スケール感があって、個人的にはPsychomodeと並んで好きな曲。

 

10曲目はさんざん悩んだ結果、バンプのSupernovaを選んだ。「花の名」にしようか、カルマにしようか、それとも月虹か、クロノスタシスかと悩んだが、タイトルが宇宙っぽいのと、大きな運命から大切な人を守ることについて歌っているところが利他行ぽいかなと思い、この曲にした。ちなみにボーカルのフジ君は、私と誕生日が同じ。関係ないけど。

 

 

【二千光年の憂鬱 Back Number】

Chapter6 All about buddha/

Chapter5 Good Bye cruel World/

Chapter4 Anarchy in JP/

Chapter3 Roll over nihilism/

Chapter2 Fight or Flight

Chapter1 Remix the world


  • 倉田慎一

    編集的先達:笠井叡。Don't stop dance! 進めなくてもその場でステップは踏める。自らの言葉通り、[離]の火元を第一季から担い続け、親指フラッシュな即応指南やZEST溢れる言霊で多くの学衆を焚き付けてきた。松岡校長から閃恋五院方師を拝命。

  • 【二千光年の憂鬱】Chapter5 Good Bye Cruel World

    ■非攻兼愛   あなたは正義の戦争はあると思いますか。 あるいは戦争に正義はあると思いますか。   例えば十字軍、キリスト教徒にとっては、イスラムからエルサレムを奪還するための正義の戦争だっただろう。 […]

  • 【二千光年の憂鬱】Chapter4 Anarchy in JP

    chapter2でロンドンのパンクロックについて少し話したので、日本のパンクについても語っておきたい。長くなるので3回に分けて、お届けしようと思う。   ■パンク黎明期   日本でも、ロンドンに遅れる […]

  • 【二千光年の憂鬱】Chapter3 Roll over nihilism

    諦めてしまう前に、俺たちと組まないか ぶら下がってるだけの、マリオネットのつもりかい シェルターの中に隠れてないで 暗闇から手を伸ばせ 世界を塗り替える、共犯者になろうぜ   ■ニヒリズムという病   […]

  • 【二千光年の憂鬱】Chapter2 Fight or Flight

    1. spilit of 1976 あえて軋轢を生むような生き方をしたい。 無難にスマートに生きていたって面白くないから。 空気なんか読まない。KY上等。 人生はぶつからなければ分からないことだらけだ。   4 […]

  • 【二千光年の憂鬱】Chapter1 Remix the world

    1. 歴史を対立軸でとらえる 新型コロナパンデミック、ロシアによるウクライナ侵攻、それらに伴う、経済危機やコストプッシュ型インフレ。数年前には想像もできなかったことが次から次へと起こり、これからどうなっていくのか、一向に […]