をぐら離 新春特別便「セイゴオの生き方・対談もどき」後篇

2021/01/10(日)10:00 img
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 先週に続き、「をぐら離」 新春特別便をお届けいたします。

 昨日は、離史上初のオンライン講評会が開催されました。本来「編集はリモートである」ということを考えてみれば、オンラインの形式は至極自然な在り方のように思えました。前ばかりを向きがちなニューノーマルではなく、むしろ後方へと旅をし、ディスタンスを糧としながら遠くのものと対話できる世界読書こそ真のリモートである。そのことを参加者全員が実感した貴重な時間でした。

 それでは、「セイゴオの生き方・対談もどき」の後篇です。オンライン講評会後の対談もどきをどうぞ。

 


W:

オンライン講評会、とても素晴らしい時間でした。世の中から見ればとてもささやかなわずか数時間の会でしたが、編集的自由に向かうあらゆる道がそこから伸びていくような確かな手ごたえを感じられる場だったと思います。まさに、「小こそが大を超える」を肌で感じました。

さて、その「小こそが大を超える」についてですが、私は、病理診断で小さめの発見をすることで、日々の編集リズムを作ることができているように思います。一瞬で数個のがん細胞を見つけたり、思いがけない小さな病変に気づけるといった自身の察知力のチェックですね。逆にそういったものを見逃していたりすると、悪夢を見るほど落ち込みます。校長は日々の編集メンテナンスはどうされているのでしょうか。

 

M:

一日は不調の編集から始めるね。仕事は不足に向かっていく。会話は相手のアドバンテージに入る。文章は隙間から書く。自分ができないことに敬意を払う。<生き方S>

 

W:

あぁ、不調の編集ですか。自分には向かわず、相手や世界に注意のカーソルを向けていくのですね。健全で自由な感じがします。日々のお稽古もそうやってできると良いですね。

 

M:

失望は香ばしくしておく。世間の期待は放っておく。自分の噂は管轄しない。おカネは残さない。でも歴史の資源と噂は覗きこむ。<生き方O>

 

W:

たしかに「期待しているよ」って言われて力んでも、ロクなことはないですね。無償状態、利他的な状態に自然とあるときがいちばん自由な感じがします。さらに、社会の動向をちょっと引きの視点で観察できると、期待に応えようとするよりも自分が今、何に向かうべきなのかが見えてきそうな気がします。校長は具体的にどんな毎日を送って、不調の編集をしているのでしょうか。

 

M:

できるだけ鏡を見ない。ライセンスをとらない。週一で俳句、月一で和歌短歌、季一で漢詩。映画は二度見る。ネクタイピンとカフスボタンはつけない。<生き方L>

古語辞典を一日一回は引く。漬物はなるべく食べる。つねにベンヤミン。洋服は後輩に譲る。大事なことは朝令暮改する。アメフトよりラグビー。<生き方M>

 

W:

うっ。鏡は見るし、ライセンスや肩書きは多いし、俳句や和歌短歌や漢詩は疎いし…。ネクタイピンとカフスボタンをつけないことだけが校長と同じです…。だいたいをぐらがやってることを校長はやらず、私が無頓着なことを校長は実践しているんだなぁ。ほかに何かありますか。

 

M:

深さを恐れる者はチンピラだ。近さに挑戦してこない者は打算者だ。気配を読めない者のリクツはつまらない。寂寞がない奴など信用できない。<生き方K>

 

W:

あぁ、ドクターとか専門家にかぎって、そういうひとが多い気がしてきました。今の大学教育の問題かもしれません。チンピラは少ないと思いますが、打算者やつまらないひとは多い。深さを追求することに向かいすぎるあまり、近さを軽んじるところもありますし、その結果、気配が読めない人は数知れず(笑)。寂寞も意味が違うというか、勝ち組、負け組の二項対立的な価値観のもと、寂寞を負け組と読み替える思想の貧弱さもあると思います。もちろん、突き抜けた素晴らしい方々はおられますが、その思想を理解できる後継者がなかなか育たない、ということもあるかと思います。校長はアマチュアであることにこだわるとおっしゃっていますね。つまらない肩書きにしばられる専門家にならないようにされてきたのだと思います。一方、私は専門家の端くれなのですが、逸脱の勇気をもって挑戦を続けるためには何が必要でしょうか。

 

M: 

言い過ぎたぶんその負を受ける。書き足りなかったぶんを二年後の課題にする。失敗したぶんをすぐに企画に生かす。好きな人たちぶんをぼくにする。<生き方V>

 

W:

まさに不調の編集、「編集は不足からはじまる」とはそういうことなのですね。専門ではないので答えられませんとかできませんと、専門家はだいたい言い訳をするものですが、とりあえずやってみて、過ぎたり足りなかったりしたことを引き受けていく覚悟を持っていれば、つまらなくならないかもしれないと思いました。最後の「好きな人たちぶんをぼくにする」という言葉は座右の銘になりつつあります。わくわくしますね。
明日から、[離]はいよいよ第5週に突入します。第4週までとは質も量もぐっと変化していく大事な中盤戦に突入するわけですが、何か離学衆に助言をお願いいたします。

 

M:

つねに憧れを抱く。焦りを集中力に変える。安全3・危険5・沈思2。ふしだらを好みの相手と共有する。色彩よりも濃淡。ロハス嫌い。迷ったら決行。<生き方T>

 

W:
焦りを集中力にというのは離学衆にもっとも響く言葉のように思ったので、昨日のオンライン講評会でも少し触れてみました。憧れを劣等感にしてしまわないように、何に憧れているのかを明確にして、具体的にまねたり肖ったりしてほしいです。そうすれば焦りを集中力にできるのではないかと。そしてやっぱり迷ったら決行することなんですよね。速さも必要でしょう。校長の安全、危険、沈思の配分も参考にしてほしいです。「ふしだらを好みの相手と共有」っていうのが、うぶなをぐらにはちょっとよくわからなかったので、今度教えてください(笑)。

 

M:

何事も遊星的郷愁。何事も共読。何事もコンティンジェント。何事も塞翁が馬。何事にも顕事と幽事。何事ももののあはれ。何事も身から出た錆。<生き方R>

 

W:

倉田別当方師がつねに、「何事も引き受けろ」とおっしゃっています。新春のメッセージとして「初心わするべからず」の世阿弥の言葉も届けておられましたが、つねに「何事も初心」なのですよね。

 

M:

和光同塵。触れる神にはタタリなし。困ったときの紙だのみ。忝いもの、有り難きものに心を致す。神迎え、神包み、神遊びを欠かさない。<生き方X>

 

W:

小坂真菜美別当師範代が率いる曵瞬院には「ユキアカリ」という院の五か条がありますが、特に大切にされているのが最初の「ユ=遊び」です。寺田別番は、昨日のオンライン講評会で「将来=まさに来る」から「招来=(神を)招く、呼び込む」へ向かうと良い、離学衆さんにセレンディップなアドバイスをされていました。離というアジールで学べることの有り難さをこれからも感じつつ、離学衆も火元組もひたむきに稽古していけばいいと思いました。

 

M:

学問より思想。思想より対話。対話より見方。見方はイメージのマネージ。それは図解と用語の組み合わせ。それにはいつも本に書き込みをして文章化へ。<生き方V>

 

W:

離の稽古のしくみがまさにそうなっているように思います。学問より思想は、きっとどんなひともそうだよなと思うかもしれませんが、思想より対話、対話より見方と向かっていくことが極めて編集的ですね。小西別番が自分と他者の見え方のズレを見るようにと言っていました。イメージをマネージするための「離見の見」的なメッセージだと思いました。目の前の日常に潜む、小さなアイダ、スキマにこそ編集的世界観を感じることが離学衆のこれからの稽古の目標になることでしょう。

今日は、オンライン講評会、ありがとうございました。不思議な2021年の幕開けですが、今日の日を原点として、離学衆も火元組も離スタートできるように思います。


 

 セイゴオの生き方・もどき対談は、いかがでしたでしょうか。

 2021年、みなさんとイシス編集学校がNEXT STAGEへと駆け上がれますように。引き続き、ひとりひとりがホリスティックメディアとなって世の中を面白くしていきましょう。

 

をぐら離 新春特別便「セイゴオの生き方・対談もどき」前篇

 


  • 小倉加奈子

    編集的先達:ナシーム・ニコラス・タレブ。病理医で、妻で、二児の母で、同居する親からみると娘、そして師範であり火元組。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。『おしゃべりな図鑑』シリーズの執筆から経産省STEAMライブラリー教材「おしゃべり病理医のMEdit Labo」開発へ。おしゃべり病理医の編集的冒険に注目!

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