髪棚の三冊 vol.2-1 「粋」のススメ

2019/10/18(金)10:05
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デザインは「主・客・場」のインタースコア。エディストな美容師がヘアデザインの現場で雑読乱考する編集問答録。

 

髪棚の三冊 vol.2「粋」のススメ

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『美意識の芽』(五十嵐郁雄、GIGA SPIRIT)
『「いき」の構造』(九鬼周造、岩波文庫)
『ブランドの世紀』(山田登世子、マガジンハウス)
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■蟻牙の鋭鋒

 

 五十嵐郁雄さんは「粋」を体現する編集人だった。美容業界誌の編集に長く携わった後、横浜東口のオフィスビルの一隅に「蟻の巣」を設え、有志の美容師を集めて私塾を開いたのは2003年。私はその一期生だった。五十嵐さんは「蟻の一歩」と自嘲していたけれど、新しいものを楽しめる感性と、それでいて時代や権威に迎合しない強かな「蟻の牙」は、小さき者なれど世界と対峙せんとする五十嵐さんの矜持を象徴していた。

 

 月一回、7〜8名も集えば身動きも不自由なほどの「蟻の巣」で行われたのは、デザインに潜む多層な対比構造をマネージするための座学だった。たとえば内面のきちんと感と外面のこなれ感、そうした対比の効いたカッコ良さが美容師に求められているのだよ、と。その対比構造の感覚こそが「粋」と呼ばれる美意識の核なのだよ、と。

 

 五十嵐さんの言う「粋」は九鬼周造の『「いき」の構造』(岩波書店、1930年初版)にインスパイアされていた。
 独仏に遊学した九鬼は、母国日本の「粋」という概念を西欧語の「chic」(上品)や「raffine」(洗練)や「coquet」(媚態)などといった語と照合させながら考察した。
 たとえば西洋の「ダンディズム」は英雄主義の残り香の中で男性に限って適用されるのに対して、「粋」は同じ英雄主義的な武士道をまとっているものの、仏教的世界観を取り込みながら、苦界に身を沈めているか弱い女性によってまでも呼吸されている。とすれば、「粋(いき)」とは身分や性差を越えてわが民族に独自な「生き」かたであり「意気」なのではあるまいか、と。


 こうした美意識が日本文化独自の実存的な美的感覚なのだとしたら、それは言語翻訳のみでは徴表し尽くせない。類似の概念を西洋文化に求めたところで、内容を異にした個々の匂があるのみである。客観的表現を急ぐ前に、主観的体験を先ず会得するべきなのである。九鬼はそう考えた。

 和魂を洋才に寄せて理解を求めるばかりでは、民族的特殊性についての解釈学などは成り立たないのだ。

 

 かくして九鬼は日本的美意識のユニークネスを「上品」「下品」「派手」「地味」「意気」「野暮」「甘味」「渋味」の八趣味に分節し、直六面体の頂点へ鮮やかに配置して立体的な陰影を描出したのだ。この和魂に洋才をインタースコアさせる編集感覚は、何よりも「粋」な手筋だったと言えるだろう。

 

『「いき」の構造』(九鬼周造、岩波文庫)より

 

 

さび:〔O・上品・地味〕のつくる三角形と〔P・意気・渋味〕のつくる三角形を両端面とした三角柱
雅 :〔上品・地味・渋味〕のつくる三角形を底面とし、〔O〕を頂点とする四面体
乙 :〔甘味・意気・渋味〕のつくる三角形を底面とし、〔下品〕を頂点とする四面体
きざ:〔派手・下品〕を結ぶ直線上
粋 :〔O・P〕を軸として交差する二つの対角面上

 

 

[髪棚の三冊vol.2]「粋」のススメ
1)蟻牙の鋭鋒

  • 深谷もと佳

    編集的先達:最相葉月。自作物語で語り部ライブ、ブラonブラウスの魅せブラ・ブラ。レディー・モトカは破天荒な無頼派にみえて、人情に厚い。趣味は筋トレ。編集工学を体現する世界唯一の美容師。

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