図像的教養と編集学校、そして病理診断【おしゃべり病理医63】

2022/04/08(金)09:00
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■ヴィジュアル・アナロジー

 

 6月開講の15[離]のお題改編が進む中、“図像的教養”に目覚めてもらうためにはどうするか、というお題が指導陣の中で交わされている。
 ウェブの千夜千冊では、寺平賢司さん率いる図版チームが、校長の文章を補足するだけの図版選びにとどまらず、アナロジカルにイメージを膨らませるような選定にも踏み込みつつあるようだ。おそらく図像的教養のあり方をチームをあげて模索しているのだろう。特に1795夜『膜は生きている』では、世界読書の為の「膜図鑑」とでも云うような、膜のイメージ・シソーラスをこれでもかと拡げていく多様な図版編集に唸った。ここしばらくの編集キーワードは、間違いなく図像的教養になると思う。

 

 図像的教養というのは欧米においてだいぶ前から注目され、ビジネスにもアートを、という流れがある。「The MFA is the new MBA」(MFA=芸術学修士は新しいMBAである)という記事が、2008年にはすでにハーバード・ビジネス・レビューに掲載されている。一方で、日本では、ビジネスパーソンにおける哲学ブームが到来しているにも関わらず、アートへの関心はまだまだ薄い。


 山口周の『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』では、ビジネスパーソンが哲学を学ぶときに陥りやすい姿勢として、哲学をそのコンテンツで理解しようとし過ぎることを挙げている。むしろ、“プロセス”と“モード”から学ぶ必要があり、そこには絵画や音楽鑑賞などを通したイメージ的教養に裏打ちされた美意識を鍛えることが不可欠であると説く。

 

山口周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」』光文社新書

多読ジムのマーキング読書の課題書の一冊でもある。ビジネスパーソンの哲学ブームの火付け役のひとりでもある。

 

 イシス編集学校においてはずっとアナロジカル・シンキングを重視してきたし、自分自身の思考のプロセスをリバース・エンジニアリングすることを稽古で重ねてきた。モード文体についても[守]の稽古の後半で触れる機会がまずあり、[破]では文体編集術の中で、吉本ばななや三島由紀夫といった小説家の文体を模倣する稽古を通して学ぶ。一方で、文章を離れ、図像を鑑賞し、そのイメージをもとにアナロジカル・シンキングを展開していくような稽古はいよいよこれからが本番である。

 

 現時点では、[遊]の物語講座におけるトリガー・ショットやこの遊刊エディストでのコラム執筆が最も図像編集力を磨く場になっているとは思う。また、松岡校長が昨年あたりから、グラフィカルな編集力をつける重要性を強調するようになり、それを受けた林頭の吉村堅樹さんが、師範代の教室フライヤ―作成に指南をつけたり、[破]のクロニクル編集術の稽古においては、自分史を絡めた図版編集お題が登場するようだ。これは、昨年度のHyper-Editing platform AIDAの第3講の、宇川直宏さんのDOMMUNEを舞台にしたグラフィカルお題に近いものである。

 

 ヴィジュアル・アナロジーは今後、編集学校においてももっと研究していく必要があるだろう。[離]においても主にアウトプットの手法のひとつとして「図解」の稽古はやってきたが、さらにインプットの方法を含め、図像のおおもとにある世界像をリバース・エンジニアリングしていく類推力を強化するようにしていきたい。これから松岡正剛の編集的世界観を継いでもらう離学衆には、何がなんでも“図像編集力”を鍛えてもらいたいのだ。

 

我が家にあるお気に入りの図版本のあれこれ。(左上より)エドワード・ブルック=ヒッチング『愛書狂の本棚 異能と夢想が生んだ奇書・偽書・稀覯書』日経ナショナルジオグラフィック社 東京都現代美術館、石岡瑛子『血が、汗が、涙がデザインできるか』展覧会カタログ・小学館 柏木博 他『図鑑 デザイン全史』東京書籍 グレアム・ロートン 他『New Scientist 起源図鑑 ビッグバンからへそのゴマまで、ほとんどあらゆることの歴史』ディスカヴァー・トゥエンティワン ポール・ルンダ『大図鑑 コードの秘密――世界に隠されたメッセージを読み解く』明石書店 ケイレブ・シャーフ 他『ズーム・イン・ユニバース――10^62倍のスケールをたどる極大から極小への旅』みすず書房


■ボディ・イメージ

 

 [離]の改編を検討している最中において、私も自分自身の図像的教養あるいは編集力というものを顧みている。たしかにまだまだあらゆる図像を積極的に鑑賞する機会が足りていないと痛切に感じるが、実は医学は、かなり図像編集力が鍛えられる学問だとも思っている。


 まずなんといっても医学書は、ほぼ全部が図鑑っぽい。文字ばかりの医学書を見つける方が難しいくらいである。もちろん、医学書はサイエンス的見方に軸足を置いており、多義的に解釈し連想を広げるための図解ではなく、あくまでも分析的に人体の形態と機能を理解するためのものである。でも、特に解剖学や組織学、そしてそこから病態に特化した学問として派生した病理学は、ボディ・イメージを養う側面も強い。

 

『人体の正常構造と機能 全10巻縮刷版』日本医事新報社 

どのページも美しいイラストと写真がふんだんに盛り込まれたまさに人体の正常構造と機能についての本。当該ページには、肝臓の構造についての詳細な説明がある。ふだん病理医は3.5μmで薄切され二次元化された組織を観察しているため、このように立体構造で改めて説明してもらうと目からうろこが落ちる。後輩たちと仕事中、肝細胞の精密な構造についてやたらと確認したい気分になり、アタマをくっつけあって本書を読み、「わたし、肝細胞やるから、かりんちゃんは、胆管やって」と自ら細胞の役になりきり、身体で構造を理解しようとしたりした。懐かしい思い出♪

 

 実際、Hyper-Editing Platform[AIDA]SeasonⅠで登場した進化発生学者の倉谷滋先生は、自身の研究である「ボディプラン進化」という考え方を旧来のゲーテからオーウェン、ダーウィンを経てヘッケルに至るまでの原型論を下敷きにしながら提案している。


 ボディプランというのは、「特定の動物群に共有された、動物の形の基本型」という生物学の概念で、「ひとつの体の中における器官と器官の位置関係、構造と構造の繋がり方、そういったものの総体」であるとする。そのボディプランの進化とゲーテに端を発した原型論を重ねて考察することで、「原型と呼べる共通性は、進化の最初ではなく、多様化ののちに、『それでも変わることができなかった要素』として二次的に見えてくる共通性」という見方を得ていく。

 

倉谷滋『進化する形 進化発生学入門』講談社現代新書 

たしかになぜ世界にはこれほどさまざまな生物がいるのだろう。と思う一方で、どんな生物だろうとATPというエネルギーで活動しているという共通点があることにも驚く。

 

 それって、編集工学的には略図的原型や類似や相似の見方と同じで、動物の骨格標本などから得るヴィジュアル・アナロジーが学問を支えていることになるのではないか。ド素人でかつ、松岡正剛の編集的世界観にどっぷりはまっている私には、そう思えてくる。そして、千夜千冊1235夜のスタフォード『ヴィジュアル・アナロジー』にある、以下の部分と思考が“接続”してしまう。

 

(12)というわけで、アナロジー学の基本の基本は「つなぎ学」だったといってよい。もうちょっと柔らかくいうのなら「つなぎ目」の発見の学であり(ということは「割れ目」の発見の学であり)、そのように現象や出来事や概念やイメージがつながっていくときの「関係の発見学」なのだ。1235夜『ヴィジュアル・アナロジー』

 

 進化発生学は、骨格筋同士のつなぎ目や割れ目に着目し、進化の過程を繙く関係の発見学にほかならないだろう。つまりは関節学である。やはり図像的教養というのは医学にも生物学にも絶対に不可欠なんだと思う。

 

バーバラ・M・スタフォード『ヴィジュアル・アナロジー つなぐ技術としての人間意識』産業図書 

スタフォードといえば、翻訳は高山宏。ほかに『グッド・ルッキング』や『アートフル・サイエンス』がある。


■アートの見方と病理診断

 

 病理診断も実は、図像的教養を養うアートの見方と非常に似ているし、いかにそのように病変を観察できるかが、「正診」への道ではないかと思っている。

 

 千夜千冊エディション『全然アート』には、アートの見方について、「追伸」にその方法論が開示されている。

 

松岡正剛『千夜千冊エディション 全然アート』角川書店 

この写真は、セイゴオちゃんねるより拝借。

 

ぼくはアートを好きに見てきた。
鉄則は三つだけ、①贔屓目に見る、②何に触発されたかを感じる、③技法を注視する。そのうえで作品の時代背景や作家の事情、ソーシャルズやサブカルズとの関係、批評の言葉などを補完する。千夜千冊エディション『全然アート』追伸

 

 この3つの鉄則と補完は、病理診断の極意でもある。ちょっと言い替えを施せば、病理診断のプロセスになるのだ。

 

職場にて。マイ顕微鏡はカメラがついている。画面に映っているのは肺腺癌。紫色の大きいドットが見えるがこれは、私が顕微鏡のレンズ越しに紫色のペンでガラススライドに直接つけたマーキング。浸潤部を囲むようにマークしており、このドットに囲われた大きさによって癌の進み具合を決めている。読書にマーキング、病理診断にもマーキングなのだ。開いている2冊は前述の『人体の正常構造と機能』と『Robbins and Cotran PATHOLOGIC BASIS OF DISEASE』後者は病理学の名著。いずれも図版の美しさと豊富さ、内容のわかりやすさと新しさに定評あり。

 

①贔屓目に見る→
(日常で頻出の疾患であることをある程度想定しつつ安心して観察に入る。いきなり乱暴に強拡大で細部を覗き込むのではなく、弱拡大でふんわりと全体像を優しく包むように)

 

②何に触発されたかを感じる→
(病変を構成する細胞たちがそのような形態をしているきっかけを探しながら観察を続ける。病変のスタート地点を感じることが大切)

 

③技法を注視する→
(がんの病巣であれば、がん細胞の特徴的な配列や浸潤方法に着目する。特にがん細胞が増殖する先進部など境界や際を詳細に観察する)

 

そのうえで疾患の背景となる病態や患者さんの事情、主病変に隠れている副病変を探し、最後に臨床医の言葉を参考にする。

 

 ね?病理診断の方法もアートの見方と同じなのである。その見方をリバース・エンジニアリングしていけば病理診断報告書が書ける。再びヴィジュアル・アナロジーの千夜から。

 

(3)新たな様相を展くであろう知性は「ヴィジュアル・スタディーズ」を伴う。テキスト解釈とイメージ解釈(=ヴィジュアル解釈)とが共根的に一緒に進む「グラフィック・エディティングな複合知」が必要なのである。

 

 さきほど示したように、エディションのアートの見方と病理診断のプロセスが同じであるならば、グラフィック・エディティングな複合知が病理診断にも必要であるということだと思う。医学用語を駆使したテキスト解釈がどれだけイメージ的な解釈を掬い取ることができるかがキモである。

 

 大変身した15[離]で、離学衆のみなさんとともにあらゆる図像に出会い、大いに触発されることが楽しみである。関係の発見学を深め、日々の病理診断で養っているヴィジュアル・アナロジーの手法をSTEAM教育や編集工学とつなげて、様々な実験を試みたい。

 

(アイキャッチ画像:杉浦康平・松岡正剛『世界のグラフィックデザイン 1 ヴィジュアルコミュニケーション』)


  • 小倉加奈子

    編集的先達:ブライアン・グリーン。病理医で、妻で、二児の母で、同居する親からみると娘、そしてイシス編集学校の「析匠」。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。『おしゃべりな図鑑』シリーズの執筆から経産省STEAMライブラリー教材「おしゃべり病理医のMEdit Lab」開発し、医学と編集工学を重ねる試みを続ける。おしゃべり病理医の編集的冒険に注目!