[週刊花目付#23] 編集メトリック条々

2021/11/16(火)13:25
img
週刊花目付

<<前号

 

■2021.11.10(水)

 

 小倉加奈子析匠から思いがけず「デザイン問答」のバトンが回ってきたので応じます。(参照⇒ じゅんちゃん、ついに、おじさんになる【おしゃべり病理医57】

 

 いただいた問いを要約して言い換えると、「美容師は何を観察し → その情報をどう捉え → そこからどんなイメージを起こし → いかに表象するか」というプロセスに分節できるでしょうか。とすると、これって[守]のカリキュラム「わける/あつめる」→「つなぐ/かさねる」→「しくむ/みたてる」→「きめる/つたえる」と相似する話になります。

 小倉析匠が主に「しくむ/みたてる」に焦点した話をしてくださったので、私はその前後を補足させていただきます。

 というか、「しくむ/みたてる」から先へ進むためには、それまでに仮留め編集された情報をもう一度「わける/あつめる」「つなぐ/かさねる」へフィードバックさせる必要がある(*)ことを強調しなければなりません。(詳しくは[号外]動画をご覧ください)

 

 もし編集力を「技術」として鍛えようとするなら、とりわけ「つなぐ/かさねる」を強化することを私は推奨します。集めた情報を系列化し構造化を図ってコンパイルからエディティングへ展開する力は、生まれ持った資質や感性ではなく、意図を持って継続訓練して培う「技能」なのですから。

 

編集は直線的には進まない。

 

◇いかなる編集も、InputからOutputまでの過程ではイメージマネージが並列に往還し、情報は半開複々環構造の道程を描いて代謝されて行く。

 

◇Inputの際のプロセスは「咀嚼→消化→吸収」というメタファーが人口に膾炙されているが、Outputへ転じる際の自己組織化のプロセスは可視化して共有することが難しいように見える。とはいえいずれのターンも「分節収集→関係づけ→構造化」のステップを踏むことは同じだ。

 

◇情報の自己組織化は、たとえオートマチックな反射作用として進むことがあったとしても、何らかの意図やアフォーダンスが作用しない限り「」として継承されることはないだろう。せめて編集稽古の場では、Outputのターンで意識的かつ能動的な方法的自己言及を習慣づけたい。

 


■2021.11.11(木)

 

 「メトリック」という名の迷路があるとしたら、それは荒川修作の建築に似ているかも知れない。
 地の平衡もなく、壁の隔たりも曖昧な空間に放り出されたとき、我々は環境について自分なりの解釈を試みることによってしか居場所と平静さを保つことができない。環境とは自明のものではないのだ。そして、五感と重力とわずかばかりの経験知を総動員することで、ようやく「わたし」は輪郭を得る。

 

 文章に句読点を打ち、段落を改める。その傍らでニンジンとジャガイモを一口大にカットし、カレールゥを投入する。これらの作業の区切り目ごとに「ふぅ」と小さく呼吸する。

 こうしたアーティキュレーションが測度感覚をもたらしていることに意識を向けたい。たとえば「歩く」という何でもない動作にだって、どれほどたくさんの測度感覚が発動していることか。

 

 そこにもここにも働いているメトリックの一々を、わざわざ意識づけなくても人生は歩んで行ける。なのに何故、私たちはそれを学ぼうとするのか?
 おそらく私たちは「無意識に出来ていること」について覚束なさを感じているのだろう。覚束ないままモノゴトが運ばれて行くことが不安なのだ。メトリックとは、意思や意図についての方法論なのだと思う。

 

 式目演習は3週目の難所を迎えている。難所ではあるが、それは産道を越える胎児のように呼吸と出会うチャンスでもある。どうか無事に、のびのびと、大きな泣き声で編集的自己の産声を歌い上げて欲しいと願う。

 


■2021.11.13(土)

 

 指南もヘアカットも、つまるところ3A(アナロジー・アフォーダンス・アブダクション)5M(モデル・モード・メトリック・マネージメント・メイキング)の自覚と実践だ。その編集構造の相似率が、花目付モトカと美容師モトカをシームレスにユナイトしている。
 私は多才でもなく二刀流でもなく、ただ不器用に一才多芸なのだと自分では思っている。人がメディアになるとはそういうことではないだろうか。

 

 36[花]のラボへ号外 [週刊花目付] 編集メトリック条々を動画で配信した。【おしゃべり病理医57】へ返礼しながら、モデルモードメトリックの観点から解説している。情報構造を読み解く訓練は、できるだけたくさんの事例に当たって「注意のカーソル」と「フィルター」の精度を磨くドリルを重ねたい。

 

 

【私的備忘録】営業用のシザーを新調。やわらかくシャープな切れ味。軽快でシュアな操作性。なめらかでタフなボディ。ツールが変わればメトリックが変わる。メトリックが変われば体験が変わる。体験が変われば表現が変わる。こんなところにもゲートエディティングが潜んでいる。

 

次号>>


  • 深谷もと佳

    編集的先達:最相葉月。自作物語で朗読ライブ、ブラonブラウスの魅せブラ・ブラ。レディー・モトカは破天荒な無頼派にみえて、人情に厚い。趣味は筋トレ。編集工学を体現する世界唯一の美容師。

  • 週刊花目付

    [週刊花目付#26]「感・応」コンシャス

    <<前号   ■2012.11.30(火)    錬成演習はステージ2へ。課題は「025番:即答ミメロギア」。入伝生は編集術の指南にとどまらず、番選ボードレールを想定したマネージメントとメ […]

  • 週刊花目付

    [週刊花目付#25]「評価」のアフォーダンス

    <<前号   ■2021.11.22(月)    36[花]は道場での演習が一段落となり、今夜は「中間スコア」の提出期限を迎える。花目付として今期は締切感覚のルーズさに気を揉んでいるのだが […]

  • 週刊花目付

    [週刊花目付#24]「ネガティブ・ケイパビリティ」と花伝式目

      <<前号   ■2021.11.15(月)    愛機MacBookが突如ブラックアウトして修理に出すことになった。基盤交換のため1週間ほど預かると言う。よほど新調しようかと […]

  • 週刊花目付

    [週間花目付#22] イシス的贈与論(序)

    <<前号   ■2021.11.01(月)   「コップは何に使える?」    思えば編集稽古は禅問答のようだ。「どうしてそんなことを聞くの?」と問い返したくなるようなお題が、唐 […]

  • 週刊花目付

    [週間花目付#21] めくるめく稽古条々

    <<前号   ■2021.10.27(水)    世阿弥の『風姿花伝』は、父観阿弥から口伝された芸の奥義を書き起こした指導書だ。  技芸の修得に年季が必要なのはもちろんだが、ただ闇雲に苦行 […]