[髪棚の三冊vol.4-3]見知らぬものと出会う■美意識は怖がらない

2020/04/02(木)09:09
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髪棚の三冊vol.4「見知らぬものと出会う」

デザインは「主・客・場」のインタースコア。エディストな美容師がヘアデザインの現場で雑読乱考する編集問答録。
 
髪棚の三冊vol.4 見知らぬものと出会う
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『見知らぬものと出会う』(木村大治、東京大学出版会)2018年
『機械カニバリズム』(久保明教、講談社選書メチエ)2018年
『〈弱いロボット〉の思考』(岡田美智男、講談社現代新書)2017年
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■美意識は怖がらない

 

 人はなぜ怖がるのか。

 

 一般に感情のたかぶりは思考にネガティブな影響をもたらすとみなされることが多いが、神経科学者のアントニオ・R・ダマシオは、「情動」や「感情」はむしろ合理的な思考にポジティブな影響をもたらし得ると論じている。
 たとえば「夜道を歩いているときに感じる不安」のようなネガティブな感情は、一次的には心臓の高鳴りや筋肉の緊張といった身体反応として表れる。この身体反応を、ダマシオは「ソマティック・マーカー」と名づけた。このソマティック・マーカーが危険信号として機能することによって、人は危険を回避し、他の行動オプションを選択するように促されるのだ。反対に、ポジティブなソマティック・マーカーが起動する場面では、人はその信号に誘われるようにして行動へ導かれる。

 

 こうした身体反応による察知力について、棋界の第一人者である羽生善治は「筋の良い手に美しさを感じられるかどうか」と述べている。
 勝負の現場では、可能性のある指手を総当たりで探索していては間に合わない。流れの中で瞬時に適切な「読み」を限られた範囲に絞り込むことが将棋の強さに関わるのだ。そうした指手のオプションを取捨選択する際に核となる身体感覚を、羽生は「美意識」と表現しているのである。

 

 さて、現在のデジタル技術は「情報を探索する」ための技術から「情報を評価する」ための技術となりつつある。
 ソフトウェアは、手本となる正解例を与えればパターン抽出の精度を上げる。このとき機械は、人間が与えた手本を人間には理解できない方法で模倣し、評価関数を自動調整して行く。そしてソフトウェアが人間のやり方とは異なる文脈で培った「美意識」を、人間は自分たちのクォリティ・オブ・ライフを向上させるリソースにしようとしているのである。

 

 羽生が極限の状況下での判断を美意識と呼ぶように、何であれプロフェッショナルな者には不安や恐怖、疲労や欲求、諦念や興奮といった情動を制御する技術を極めることが求められる。その点において、身体感覚を持たない機械はプロフェッショナルとしての完璧な資質を有しているとも言えるだろう。機械は疲れを知らず、怖がりもせず、諦めることなく、何かを勝ち取ろうとする欲望すらないのだから。

 ただしここで忘れてはならないことがある。機械やウイルスが「怖がらない」のは、怖さを克服して情動を制御する能力を獲得したわけではなく、そもそも感情や情動に関する機能や反応回路を持たないからである。だが、もしも彼らに自律的な行動を選択する能力を見出すことが出来るとしたら、彼らにも何らかソマティック・マーカーに相当するような機能を有していると想像せざるを得ないだろう。

 つまり私たちは、機械やウイルスには「ない」はずの美意識を仮想することによって、彼らのなかに「怖がらない」という資質を見出そうとしているのである。だから私たちは機械を頼りにもするし、ウイルスを怖がりもするのだ。

 

 人間の想像力は、想像できないものですら「否定形のアナロジー」によって想像し得るものへと変換して行く。だとすれば、私たちは、既に、「見知らぬもの」との新たな関係を構築し始めていると言えるだろう。

 

「他者」とは、「他」でありながら、自分と同じ「者」でもあるという、二重性を帯びた存在なのである。(『見知らぬものと出会う』木村大治/東京大学出版会)

 

 

[髪棚の三冊vol.4]見知らぬものと出会う
1) 想像できないことを想像する
2)世界は一つより多く、複数より少ない
3)美意識は怖がらない
4)「0.5人称の私」とN次創作


  • 深谷もと佳

    編集的先達:五十嵐郁雄。自作物語で語り部ライブ、ブラonブラウスの魅せブラ・ブラ。レディー・モトカは破天荒な無頼派にみえて情に厚い。クリパルのヨギーニ。編集工学を体現する世界唯一の美容師。

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