本の人の本の映画を吟味する OTASIS-24

2021/09/11(土)09:08
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 先ごろの感門之盟のなかで、5月以降、編集学校の皆さんのご尽力によってにぎわってきた全国各地の「千夜千冊エディションフェア」の紹介をさせていただきました。そのラストに、じつは今回のフェアでもっともよく売れた本はブラッドベリの『華氏451度』だったこと、これはもちろん5~6月に放映された「100分de名著」の影響であることをコメントしました。

 

 すでにこの話の意図は、丸洋子さんがあますことなく汲み取って本サイトのアフターレポートで名編集によって紹介してくださっていますので、ここでは繰り返しません。エディションフェアが「100分de名著」に攫われてしまったことを悔しく思う反面、少しホッとする面もあるという話をして、14離の贈呈式への橋渡しとさせていただいたのでした。

 

 じつは私はくだんの「100分de名著」は見ていませんが、案内人の戸田山和久さんの番組テキストは買って読みました。ブラッドベリの原作とトリフォーによる映画版を随所で比較してくれていたのがとても興味深かったです。とくに、「本の人たち」の設定や描写について、小説版は知識人対大衆という対立軸が表に立ちすぎていて、半端なガジェットに頼っていることも興ざめになると指摘していたのにはハッとしました。またそのぶん、映画版のほうが、多種多様な人びとが志をもって存在的に「本の人」となりゆく姿を美しい情景として描いているとも示唆してくれていて、我が意を得たようにうれしくなりました。

 

 私も、これがために『華氏451度』は原作よりも映画のほうが名作ではないかとこっそり思ってきたのです。ぜひとも小説とともにトリュフォーの映画版も再び見直されてほしいものです。

 

 ここ数年、映画界においてもやっぱり「本の危機」を意識する人が多いのか、図書館や書店や読書をテーマにした見ごたえのある映画がたてつづけにつくられ公開されています。元図書館員でいまなお本に携わる仕事をし、なおかつ本と同じくらい映画が好きな私としては、気にせずにはいられません。できるだけ映画館に行って見るようにしています。

 

 そこで、どこぞの名画座か映画チャンネルがトリュフォーの『華氏451』を再映してくれることを祈念しつつ、近年の「本の映画」のなかからいくつか気になったものをテーマ別・傾向別に紹介したいと思います。こういう映画の作り手たちも、きっと我こそは「本の人」でありたいという自負や自覚をもっているに違いないと思うからです。せっかくの機会ですので、私が名画座館主だったらどんな映画と併映してみたいかという発想で、勝手に二本立てにしてみます。

 

公共図書館の使命感-「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」(2017年)

 

 ニューヨーク公共図書館のアグレッシブな活動ぶりをとことん見せつけた話題作(フレデリック・ワイズマン監督)。壮大な本館と92の分館という巨大な組織をもつこの図書館は、あらゆる階層の人びとに徹底した情報サービスを提供することで、アメリカの民主主義の砦たることを自覚し、誇りにしている。ゲストやコメンテーターとしてリチャード・ドーキンス、エルビス・コステロ、パティ・スミスが登場するのも見どころで、世界屈指の知の殿堂は世界屈指のラディカリズムの砦でもあったのかと感嘆させられた。アメリカにいくら反知性主義が蔓延しようと、アメリカの図書館はとことん汎知性主義を貫いていくのだろう。

 

★「エクス・リブリス」

 

併映企画:「エクス・リブリス」は205分とかなりの長尺で、情報密度も濃ゆいので見終わるとぐったりする。もうこれ以上べつな映画を観る気もしないだろうが、ここは思い切って図書館を舞台にした娯楽映画で疲れを吹き飛ばすという企画はどうだろう。設定があまりにも非現実的ながら、命がけで「民主主義の砦」を守り抜く図書隊の姿についほだされてしまう『図書館戦争』(佐藤信介監督/2013年・2015年)なら、ほどよいカタルシスも得られること請け合いだ(ついでながら松岡正剛は、岡田准一クンからオファーを受けてラジオ番組で共演して以来、ひそかに活躍を見守っているらしい)。

 

図書館に棲む者たち「パブリック図書館の奇跡」(2018年)

 

 大寒波のなか行き場を失ったホームレスたち約70人が、一人の図書館員のはからいで公共図書館を一夜の宿として占拠してしまう。あくまで一時的で平和的な占拠のつもりだったのに、野心家の政治家の思惑、視聴率稼ぎしか関心のないマスコミの乱入によって、事態の収拾がつかなくなる。図書館員とホームレスたちは一計を案じ、弱き者たちならではの“捨て身”の方法によって一気に解決を図る。監督・主演のエミリオ・エステベスは、マーティン・シーンにそっくりな俳優だと思ったら、本当に息子だった。兄のチャーリーにくらべてまともな映画人らしい。ただしこの映画、「本の力」に期待して見ると肩透かしをくらうので、そこは見る側がなんなりと過剰に妄想して補うとよい。

 

★「パブリック図書館の奇跡」

 

併映企画:公共図書館はいざというときには人命救助のシェルターにもなりうるだろうが、基本的には人が棲みつくことは許されない。でもベルリンの図書館には異形の者たちが棲みついて、人間たちに寄り添いその内面の言葉にじっと耳を傾けてくれている。御存知、ヴィム・ベンダース監督「ベルリン・天使の詩」である。その図書館のシーンの美しさについては、OTASIS10「天使のエチュード」に思い入れたっぷりに書いたのでそちらをご覧いただきたい。

 

本売りはつらいよ「ブックセラーズ」(2019年)

 

 世界最大規模のNYブックフェアに集う名うてのブックディーラーやユニーク古書店主、コレクターたちの本への愛着・執着から悲哀・野望までもが淡々と紹介されるドキュメンタリー。史上最高額で落札されたダ・ヴィンチの手稿、『若草物語』のオルコットが偽名で書いたパルプフィクション、ルイス・キャロルみずから挿画も描き少女アリスにプレゼントした『不思議の国のアリス』の手稿などの貴重本の数々が紹介されるのも一興。ラストのNY派の「本の人」でコラムニストのフラン・レボウィッツによるデヴィッド・ボウイへの“クレーム”は必聴。

 

★「ブックセラーズ」

 

併映企画:クセの強いブックセラーたちの言動にいささか食傷気味になるかもしれないので、続けて見るなら一途で健気なブックショップの映画がよいだろう。1950年代の超保守的なイギリスの片田舎の街で書店を開業する女性の奮闘を描いた「マイ・ブックショップ」(イザベル・コイシェ監督/2019年)あたりはいかがだろう。住民たちと書店との微妙な関係が、『華氏451度』や『ロリータ』といった作品をキーにしながら描かれているので、「千夜千冊」ファンにもたまらない。ただし結末はあんがいトラウマもの。油断しないで見通したい。

 

読書会とロマンス「ガーンジー島の読書会の秘密」(2018年)

 

 このところ私が周囲に薦めまくっている映画である(マイク・ニューエル監督)。1941年、ナチスドイツに占領されたイギリスのガーンジー島の住民が、ひょんなことから読書会を始める。戦後になって新進作家のジュリエットが読書会の取材のために島を訪れ、メンバーたちが必死に隠しているとある「秘密」の存在に気づき、解き明かしていく。サスペンス映画ではないのだが、「伏せて開ける」のお手本のようによくできた筋書きで、謎解きとともに本が媒介するロマンスも愉しめる。読書会で取り上げられる本はイギリスの作家のものばかり。その理由を、戦争の時代を生き抜いた登場人物たちの抱える痛みに重ねて考えてみると、ものすごく深い映画のように思えてくる。

 

★「ガーンジー島の読書会の秘密」

 

併映企画:イギリスの小説しか読まない読書会に触れたあとは、もっと先鋭的に一人の作家の本しか読まない読書会の映画はどうだろう。ずばり「ジェイン・オースティンの読書会」(ロビン・スウィコード監督/2007年)である。それぞれの人生の岐路に立つワケありの女5人と男1人が、『高慢と偏見』『分別と多感』などオースティンの長編ものを共読しながら語り合ううちに、オースティンの小説さながらの心情変化を起こしていく。オースティン愛の溢れる映画だが、じつは原作者も映画の監督も、アメリカ人である。

 

*アイキャッチ画像は、映画「華氏451」より、ファイアーマン(焚書官)が本を焼くシーン。(Universal Pictures by CC2.0)


  • 太田香保

    編集的先達:レナード・バーンスタイン。慶応大学司書からいまや松岡正剛のビブリオテカールに。事務所にピアノを持ちこみ、楽譜を通してのインタースコア実践にいとまがない。離学衆全てが直立不動になる絶対的な総匠。

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