校長校話「EditJapan2020」(3/5)

10/27(火)18:00 img
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日本と創とシンセサイザー

 再び、少し時代を戻します。日本がこのていである、ヤバい。日本というものに自信を持ってもらう以外ない。そのために、僕は僕なりの努力をしてみようということで、朝日カルチャーセンターで一風変わった講義をしました。僕は基本的にはあがり症で、レクチャーとか講演は苦手なんです。朝日カルチャーセンターから話があったときも、最初は断ったんですが、何度も来られるので引き受けました。ただし条件がある、隣にミュージシャンをひとり連れてくるから一緒にやりたいと言ってみた。朝カルの人は「え、日本の話ですよね、三味線か何かですか」と首を傾げる。いやいや、シンセサイザーですと(笑)。こうして、当時のパンクアーティストのトップであるEP-4の佐藤薫さんと始めたのが「イメージの誕生」でした。松岡正剛が新宿の朝カルで喋るらしいぞと、さっきのセディックの石原くんの部下たちがカメラを3台入れて全面収録してくれました。そこから起こしたのが、のちの『花鳥風月の科学』です。

1982(昭和57)年 38歳
朝日カルチャーセンターで連続講座を開催。

1994(平成6)年 50歳
1982年の連続講義の採録をもとにした『花鳥風月の科学』出版。

2020(令和2)年 76歳
『花鳥風月の科学』の英訳書『FLOWERS, BIRDS, WIND, AND MOON:The Phenomenology of Nature in Japanese Culture』、JPIC(出版文化産業振興財団)より刊行。

 なぜミュージシャンを連れてきて、どうやったのかというのを補足しておきます。当時、僕は、ジェームズ・ジョイスの『ユリシーズ』とか、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』が20世紀を拓いたと、あるいは、ロード・ダンセーニや、ドス・パソスの『U.S.A.』がアメリカ文学を拓いたという確信を持っていたんですね。そこにあったのはメソッドです。たとえば、フランツ・カフカが城につかないということもメソッドですし、サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』で、主人公がよくわからないというようなこともメソッドです。中でも『ユリシーズ』が、ある意味ではもっとも戦闘的な、前衛的なメソッドを持っていました。

 『ユリシーズ』には、スティーヴン・ディーダラスとレオポルド・ブルームという2人の主人公がいます。これはオデッセイの分身なんですね。ひとりの神話的主人公が二つに割れて、たった一日のダブリンで何かをしている。その背景には、岩波文庫でいっても全8冊くらいの『イリアッド』と『オデュッセイア』という大きな話がガーッと流れています。もうすぐ、千夜千冊エディションから『方法文学』というのが出ますから、それを読んでもらうといい。『ユリシーズ』には僕にとってのヒントがそうとうあって、そのヒントのいくつもを、僕はまだ実現できていないんです。

 朝カルに持ち込んだヒントは、2人の主人公のうちのレオポルド・ブルームが、ダブリンの橋の上から川を見ているところにありました。洗濯女が両側でわーわーと喋っている。文章を読んでいると、洗濯女が喋り始めたことが書いてあるんだけれども、やがて川の流れの音が入ってきて、ぐちゃぐちゃになっていくんです。さっき田中圭一さんが語ってくれた、カブラペンとかGペンのタッチのようなことです。なんだかよく分からなくて、でも、略図的原型というか、奇妙なものがふっと出てくる。言葉なのか音なのかがよくわからない状態のまま来るわけです。佐藤くんには、僕がこれから10回にわたって話をするけれども、そのとき、僕の言葉とは関係なく音を鳴らしてくれとお願いしました。

 いま、本楼では非常に静かな中で僕の声が聞こえています。しかし、これがノイジーに聞こえたりすると、ふっと、あれ、さっき何言ったんだっけと思いますよね。われわれは、普段もそうなんです。僕が冒頭で何を言ったか、ほとんどもう忘れていますよね。われわれは、何かをそこにプレゼンスしているようでいて、それを自分の中で消しているんです。脳が消している場合もあるし、身体が保たないというのもあるし、話がつまらないというのもある。そういうことが起こっているんだけれども、起こっていること自体を忘れるんです。佐藤くんに頼んだことは、僕たちがその創(キズ)に気づけるように、認識の川の流れを揺らすということでした。

 ガーンと上がってきて、またヒューンと引いていく。さきほどの漫画の線のタッチと同じです。ある昼下がり、と話を始めるにしても「いつもの昼下がりが終わって…」と「こんな昼下がりに出会うとは思わなかったけれども…」と「いつも一人だった昼下がりが…」では全然違いますよね。言葉というのはそのようになっているのですが、われわれは普段、そこに動いている情報編集のプロセスを見逃している。意識がトレースできないし、メモリーをそこに持ってこられないんです。そこであえて、ノイジーなもの、あるいは夾雑物、ちょっとポケットに入っちゃうこと、あるいは落としちゃうこと、聞き逃すこと、メモライズしにくいこと、そういうケバケバを語りの中に入れていきました。

編集学校という方法

 こうして、パソコンの誕生やテッド・ネルソンのヒント、情報編集時代、日本という方法、日本の失われた10年が混ざり合って、編集学校になりました。そこに込めた大切な仕掛けは、問感応答返です。お題があって、答えているのにそこが消えたり、お題の中にもう一度たずねないとわからないことがあったりする。あるいは、自分がうまく答えられないお題に隣の誰かが答えていて、あれ、見ちゃいけないかな、とドギマギしながらもそれに触れる。そういうことを起こしたかったわけです。後はもうみんながよく知っていることなので、詳しく言わなくていいかもしれないけれども、結果的に編集の型を学ぶ38番の[守]と、さまざまな用法を応用編で取っ組み合う[破]ができた。クロニクルとか物語とか知文術とか、僕の仕事術のとっておきが詰まっています。

 とはいえ、ですよ。確かに僕は、意図をもってそういった仕掛けを用意したんだけれども、20年後にここまで多くの人が学衆として学び、さらに師範代になってくれるとは思っていませんでした。ただ、いつからか、それを強く願うようになりました。学ぶことが教えることになり、教えることが学ぶことになってゆくのを頼もしく眺めるようになりました。僕が思いがけないぐらいの諸君がこうして誕生していってくれたのは、冨澤陽一郎くん(道匠)や、初期に頑張ってくれた人たちのおかげです。

 では、すこしその頃の話を交えながら、この場に来てくれている指導陣に話を聞いてみましょう。

(校長、本棚劇場を降りて、鈴木学匠の隣へ)

松岡校長:
康代さんが編集学校に関わって、どこかのタイミングで、これって何かがすごいと思ったのは何でした?

鈴木学匠:
先ほど、「相互」というお話があって、関係が自在に動いていくということがひとつ。お題と回答と指南が教室で動いている。そしてそこに師範代、学衆、教室の仲間がいる。それぞれのカーソルの向きが、回答ひとつ、指南ひとつから感じられ、連想が加速していく。ホップ・ステップ・ジャンプよりも、もっと半径が一気に広がっていくところ。

松岡校長:
計画されていないものが出てくるというか、そういう行く先が見える。

鈴木学匠:
たまたまが折り重なっていく感じです。そして、その振り返りも編集学校ならでは。今、さっきのことは流れていってしまいますが、振り返りで取り出せることがたくさんあるとすごく思ったりします。

松岡校長:
なかなかね、振り返る、復習をする、予習と復習の復習をするようなことって、中学や高校でもしないわけだけれども。

(校長、八田英子律師の隣へ)

松岡校長:
律師は、僕が「連塾」というのを始めた頃、いろいろソロで話したりゲストと話したりしているのを聞きにきて、そのうち編集学校に入ることにりましたね。松岡が何か持っていそうだな、と何となく感じたことや、編集学校をやって「あ、これか」と思い当たったあたりは、何でしたか。

八田律師:
そうですね、簡単だと思っていたことが、実はものすごく奥が深かったり、わかっているつもりだったことが、実はわかっていなかったり。また逆に、わからないと思っていたことを言語化してもらうと、昔から漠然と気づいていたことかも、と思えたりしています。

松岡校長:
そうよね。松岡正剛は全部知っていて明かしているわけではなくて、みんながそこにさしかかってわかるようにするにはどうしたらいいかなと、そんな工夫ばっかりしていました。

(校長、平野しのぶ師範の隣へ)

松岡校長:
平野さん、いよいよ[離]にね、このあと来てくれるそうですけれども。[離]に来たいなと思ったこともそうかもしれないけれども、あれだけ色んなビジネスをしたり、プロデュースをしたりもしているなかで、編集学校の「ここ」というのは何ですか。

平野師範:
最近、急にさしかかりを感じることが多いんです。「未知へ、未知へ」って稽古ではよく言うんですけれども、その逆が起こっている感じが今、あります。自分が知らないと思っていたことは実は知っていた、みたいなことが、起こっている感覚です。これが非常に最近は面白いなと。

松岡校長:
そう感じてくれるのは、本当に本望ですね。


 

校長校話「EditJapan2020」

 


  • 加藤めぐみ

    編集的先達:山本貴光。品詞を擬人化した物語でAT大賞、予想通りにぶっちぎり典離。編纂と編集、データとカプタ、ロジカルとアナロジーを自在に綾なすリテラル・アーチスト。イシスが次の世に贈る「21世紀の女」、それがカトメグだ。

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