梅澤は頭を抱えていた。山根があまりにも前向きだったからだ。エディットツアー大阪&姫路の開催1時間前のことである。今回のメインナビゲーターは山根尚子(46[守]師範)。彼女は筋金入りのPC音痴なのだ。
39[守]にて山根の千里チャクラ教室で学んだ梅澤奈央は、彼女のアナログっぷりを熟知している。2020年2月、山根がリアル会場でのエディットツアーを主宰したときのこと。それは参加者、テーブルコーチあわせて総勢30名以上という稀にみる大規模な回だった。山根のなで肩に重責がのしかかる。高槻の会場へ向かう阪急電車のなか、梅澤は声をかけた。何があっても笑顔で周囲を照らす彼女。珍しく不安を吐露した。
「今日いちばん心配なのは、パワポの操作……」
それ以降、梅澤が山根のツアーに加わるときは、「ホワイトボード使いましょうよ」「Zoomなら、紙芝居のほうが見やすいかと」と提案を欠かさない。しかし、今回は気づいたときには山根がパワポを作りはじめていた。
当日、開始1時間のリハーサル。
「Zoomで画面共有するの、今日が初めてなんですよ〜!」
満面の笑みをたたえた山根の告白に、ディレクションに入った林頭・吉村堅樹とサポート役の内海太陽(43[破]師範代)、そして梅澤は一瞬息を止めた。
「よーし練習しなくっちゃ!」
意気込む山根に、内海は駆けよる。
「ページ送るときどうしたらいいんですか」「……矢印ボタンの上・下でいけます」「あれ、動かないんですけど」「えっと、ボタン押しました?」「あーそっか! あははははは」
静まりかえった会議室、廊下まであっけらかんとした笑い声がこだまする。
吉村はうわ言のように繰り返す。
「山根さん、パワポ操作は内海さんにお願いしたほうが」
責任感の強い山根。最後までじぶんがやると主張したが、ついには内海に委ねた。
◆ ◆ ◆
山根の語りは見事なものだった。ツアー終盤、ひとりの参加者がチャットで感想を寄せた。
編集とは、多分、『生きるを楽しむこと』
山根師範代のお話されるご様子を見ていれば、そのように思われてまいります
山根は、生きる空気清浄機だった。Zoomというデジタルな一座に現れた思いを、肺いっぱいまで吸いこみ、それを粒ぞろいの言葉に変えて吐きだしてみせる。彼女の身体を通ると参加者の言葉も、真夏の日差しに光る草木のような生命感を帯びるのだった。その言葉のシャワーを浴びると、魂が洗われる。
得意の茶々入れをも封印して終始見守った吉村は、「あっぱれ」と賛辞を贈った。
「山根さんは、パワポも送れないし、チャットも見れてない。でもそれがいいんです」
山根は振り返る。
「話しているとヨガクラスのときと、おなじ感覚になっちゃうんですよね」
山根の本業はヨガインストラクター。生徒に向き合うときは、自分の身体と言葉だけがツールだ。スライド資料などの後ろ盾はもたず、身ひとつで相手にまっすぐむかうのが流儀。脇目もふらず、100%のエネルギーを相手に注ぎこむ。
これほどの芸当をもちあわせるのだから、その力をあえて他へ逃がす必要はない。メインのナビに出来ないことがあれば、サポート役が立つだけだ。そのための仲間である。今回は山根が全身で演じ、内海が進行、梅澤がリテラルな補佐をした。
裏方に徹した内海は、見るべきスライドを山根がスルーしても、多少時間が延長しようともどっしり許容。なにより意識したのは、山根が自由に話せる場をつくることだったという。内海は飄々と話しだす。
「途中から、文楽みたいやなーと思ってました。むっちゃおもろかったですわ」
人形はひとりで踊らない。誰かの不足は、別の誰かが活躍するための空き地である。大阪のエディットツアーは、彼の地の芸能を体現するものであった。
■オンラインエディットツアーは、2021年4月上旬まで開催中。
次回は
・3/20(土) 記憶する雪、編集する街/岩野範昭・神尾美由紀 [北海道]
・3/20(土) 海街エディット/小川玲子・大塚宏・岩上百合子 [横浜・鎌倉]
・3/23(火) 八雲立つ 歌う出雲/景山和浩・増岡麻子・大武美和子 [島根]
詳細はイシス編集学校特設ページでご覧ください。
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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