エディスト虎の穴・ジャイアン人物伝 #002 藤子・F・不二雄の「幼な心BPT」

2020/12/11(金)10:36
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エディスト新人ライター・角山ジャイアンに示された「お題」は人物伝。海千山千のインタビュー経験を渉猟しながら、「イシスっぽい人」をイシスの外に見つけだす。果たしてジャイアンは、先達エディストライターを唸らせることができるのか!?

(前回はこちら

 

《ぼくは幼な心を編集しつづけている》

この言葉を『千夜千冊エディション 少年の憂鬱』の中に見つけた瞬間、ジャイアンの中に、あるひとりの巨人の姿が浮かびました。藤子・F・不二雄先生です。ご存じ『ドラえもん』の生みの親です。ジャイアンを名乗る者として避けて通れません。2020年は「ドラえもん50周年」と銘打たれた年。その締めくくりとして3DCG映画『STAND BY ME ドラえもん 2』が11月20日より公開されていますが、観に行っちゃうんだろうな。
 
F先生は1996年9月23日に亡くなりましたが、その半年前、先生の仕事場でインタビューしました。のちにこれが、先生の最後のインタビューになったと知りました。F先生は来客があると、ベレー帽をやおら取り出すんだそうです。
「お客さんが来るから、藤子・F・不二雄にならなくっちゃね」
とおどけるのがF先生の流儀。
もちろんこのインタビュー時も、ベレー帽をかぶっていました。この時に伺ったのが、自分の中にある子どもの頃の夢や希望、好奇心を描いてきた、という話でした。でも実はそれが難しい。なぜなら、知らないうちに自分の視点が高くなっていて、「大人から見た子ども」を描こうとしてしまうから。あぁ、「幼な心」は脆くて壊れやすいのです。
 
《子どものころ、僕は“のび太”でした》

(『藤子・F・不二雄の発想術』小学館新書)

F先生の有名な言葉です。だいたい、こんないい加減な主人公はいません。人間の弱さをすべて背負い込んでいるようなところがあって、そのくせ「ぼくはやる!」と大胆に宣言(放言)してみたり、かと思うと「いっしょうけんめいのんびりしよう」と平気で開き直ったりする。なぜか憎めないなと思ったら、自分の中の「幼な心」と重なる部分があるからでした。
ここにF先生の秘密があります。そうです、幼な心を編集しつづけることで、『ドラえもん』などの作品が生み出されていたのでした。

 

《子どもを知るもっとも有効な方法は、自分の中の子どもを見つけることです。過去の自分を、あるがままに見ることです》(同前)

アイデアや閃きは「外」から持ってくるものじゃない。自分の中、「幼な心」にあったのです。では「自分の中の子ども」とは何でしょう。それは《「好き」であることを優先》(同前)させることです。子どもの頃好きだったモノ、熱中したコト、そこが常に出発点(B)なのです。実際、先生の仕事部屋には所狭しと、恐竜のフィギアやおもちゃが並べられていました。
今の自分=大人から出発すると、子どもに媚びてしまう。だからB=幼な心。ここから、あんなこといいな、できたらいいな、というTに向かって連想を動かしていく。その過程(P)で拾ったモノ――ザラザラしたものや半分欠けた思い出が漫画になる。

そうか、F先生はのび太に会いに行ったのか。F先生は幼な心BPTを繰り返していたのです。

 

余談ですが、『ドラえもん』の本質は幼な心にあると正確に看破したのは、あの高畑勲さんでした(ご本人に直接、確認しました)。《子どもたちの夢想空間を笑いの中へ解放してくれる、解放戦士こそ、『ドラえもん』なのだ》(楠部三吉郎『「ドラえもんへの感謝状』小学館)
これは、二度目のアニメ化に向けて、F先生を説得するために書かれた企画書の一節です(高畑勲さんがこの企画書を書いていました)。一度目のアニメ化失敗で躊躇していたF先生は、これを読んで大きく頷き、テレビ朝日でのアニメがスタートすることになるのです。

敬愛する手塚治虫や、元パートナーの藤子不二雄Aが大人向けマンガに軸足を移していったのに対し、藤子・F・不二雄先生は頑なに「子ども向け」にこだわり続けました。F先生は、子ども時分の「引き出し」を常に傍らに置いていたのでした。引き出しは幼な心に繋がっていたのです。

 

 

先達エディスト・松井路代の指南:

漫画界のレジェンド、どう書くか気負ってしまいそうですが、話し言葉に近いモード&旬なテレス情報で語り出し、惹きつけます。重ねた編集技法はBPT。ベースは「子どものころの熱中」、プロフィールは「その過程で拾ったモノ」だと仮説しました。仕事部屋の描写、先生の人柄を浮かび上がらせるとともに読み手の中の幼な心を揺さぶります。

 

推敲の余地があるのは「余談」です。記事のTである「幼な心編集」を伝えるのに、著名人の言葉よりもしっくりくる情報があるはずです。先生とのやりとりや、角山さん自身の体験などから、取り出してみてはどうでしょう。


私は12歳ごろに『ドラえもん』が嫌いになっちゃったんですよね。変わらないのび太に苛立ちを覚え、テレビを消すようになりましたが、ベレー帽の話で何かわだかまりが消えました。F先生も、一途に編集を人生しつづけていらっしゃったのですね。

高畑勲というビッグネームをぶつけることで、おれさまはTに向かって、安易なショートカットしたというのか? むむむむむ。意気揚々と角道を開けたつもりが、Pの揺れを恐れ、ここで横道に逸れていたのか。くぅー。


変わらなきゃならねぇのは、おれさまじゃねぇか。面白ぇ。余談、横道、枝道。「ちなみに」も全部まとめて吹っ飛ばして、Tに向かって駆け回ってやる。見てろよ。

優しい指南に 謙虚なジャイアン

エディストの星を つかみ取れ

#003へつづく)


  • 角山祥道

    編集的先達:黒岩涙香。「松岡正剛と同じ土俵に立つ」と宣言。花伝所では常に先頭を走り続け、感門では代表挨拶。師範代をしながら同時にエディストという前代未聞のプロライター。ISISをさらに複雑系にする異端児。

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