ここに3人の男がいる。幼少期から壮年期に至るまで、それぞれ3枚のスナップショットを並べてみる。セピア色の写真から、どんな男の横顔が見えるか、想像してもらいたい。
▼第1の男
1978 S53 [3歳]
曾祖母、祖父母の家に遊びに行くと、コンセントからプラグを抜いて回る、土間から落ちる。曾祖母の入れ歯を外に投げる。台風が来たみたいだと困らせる。1990 H2 [15歳]
自転車通学。高校に入り、毎日片道11㎞の道のりを通学。夏は汗をかき、冬は霧の中を前髪を濡らしながら通学。疲れない足腰の基礎はここで作られる。2005 H17 [30歳]
講演会を企画。尊敬していた本の著者からの電話。鹿児島旅行に行く途中で講演をして行こうかとの提案。準備期間2週間、知り合いに電話をかけ50人集める。
入れ歯を投げる腕力と、往復20km自転車通学をものともしない足腰が印象的だ。がっちりとした肉体のなかには、尊敬する著者のために奔走するパッションも秘めているよう。いうなれば、知力と体力を兼ね備えたアレクサンドロス。
▼第2の男
1986 S61 [12歳]
初めてのアイドル。レコード大賞で中森明菜を見て、一目惚れする。以来、ベストテンに中森明菜が出る歌をカセットに録音して聴く。
1998 H10 [23歳]
パチンコ屋のバイトが終わると一緒に働くメンバーで毎夜毎夜、麻雀をする。朝、高校生が登校するころ家に帰る。朝日がまぶしい。
2013 H25 [40歳]
タイ・バンコクでの研修旅行。飯の旨さに日頃の3倍食べる。辛いものもわからない虫も食べる。象の村では村人と焼酎霧島を酌み交わす。
麻雀からの朝帰り、爽やかな第1の男をまぶしく見上げるのがこの男だ。小学生時分にアイドルに夢中になり、長じては仲間とつるむ。好奇心は旺盛で、異国の地では虫を食べながら、誰とでも仲良くなれる。仲間の輪のなかでしたたかに生き抜く様子は羽柴秀吉か。
▼第3の男
1983 S58 [8歳]
全校生徒の前で作文を読む。終業式の前日、放課後、校庭にいるときれいな担任の先生に呼ばれ、おだてられ、饅頭につられ作文を書く。翌日の終業式で発表。
1994 H6 [20歳]
ケーキ屋さんのカフェでバイト。ウエイターになる。夜は大学生ばかりで店を回す。紙ナプキンに詩を書いて素敵な女の子に渡す。お返事貰う。
2012 H24 [39歳]
恋心研究家になる。ドラマ「最後から二番目の恋」を見て、出張中にできた時間で鎌倉に。対象に恋する感情、相思相愛の関係を研究、恋愛小説や漫画、ドラマを多く観る。
少年時代は野原しんのすけかと思いきや、青年期になれば素敵な女の子に詩を書き、ちゃっかりと色よい返事さえ手に入れるスマートさを身につけた。不惑をまえに突如として恋心研究家を名乗り、恋愛道を極めるさまは貴婦人に愛をささやく中世の騎士。
イシス編集学校[破]コースでは、クロニクル編集術の稽古が終盤をむかえている。自分の来歴を1項目75文字で切り出していくことで、「何を描くか」「どう描くか」という文体編集術の力も磨かれてゆくお題である。
ここに並べたのは、過去の受講生の自分史の抜粋だ。75文字の歴象を3つ並べるだけで、どんな人物なのかその様子が想像できたことだろう。
すべてを語らずとも、象徴的なシーンだけを選ぶことで、映画の予告編のような自分史を作ることができる。年表づくりは、究極の要約稽古なのである。
◆ ◆ ◆
と、素知らぬふりをしてきたが、勘のよい[破]学衆ならお気づきだろう。そうこの3人の男、じつはひとりの人物なのである。
当番記者が、該当人物の自分史を編集。114項目の歴象のなかから、「マッチョ系」「お調子者系」「吟遊詩人系」の軸を立てて、3項目ずつ選択した。すると幾人ものキャラクターが我先に飛び出してきたのだ。後輩の学びのためならばと、こころよく自分史の提供に応じたのは、九天玄氣組の佐土原太志。番記者が師範代を務めた42[破]はじかみレモン教室の学衆であり、45[守]優作うつる教室では2度目の師範代として登板。その際、「食事は夕飯のみ」という一日一食生活を明らかにし「修行僧」とささやかれた。
2020年夏の感門之盟では、黒いハットに縮れ毛の優作コスプレをしながらZoom画面に登場。2021年の年初には40年前のタモリに扮し、校長松岡正剛の口をあんぐりさせた。目盛りをふりきるモドキっぷりには、右に出るものがいないイシスのカメレオンだ。
佐土原の例をまつまでもなく、学衆ならば[守]で口酸っぱく諭されたことだろう。この「わたし」は、「たくさんのわたし」で成っている。わたしの姿をひとつに決めるなんて、そんなことはしなくていい。そもそもできるはずもない。46[破]でも、67名の学衆それぞれのなかに、秀吉からしんのすけまでさまざまなわたしが遊びだす。
佐土原はこの夏も、自転車で走り回っている。いまは九州は宮崎にて、千夜千冊エディションフェアの仕掛け人の顔を見せる。
協力:佐土原太志
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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