わけると、わかる。編集の一歩目は分節化だ。
校長松岡正剛は「情報の海に句読点を打て」と、世界に立ち向かう楔を手渡す。イシス編集学校では入門以来、無数の「わける」方法を身につける。5W1Hなど基本的な文節は言うまでもなく、「編集思考素(thought form)」なる独自の3点思考の型もあれば、「豆腐で役者を分ける」などアナロジカルな分類法も学ぶ。[破]コースに進めば、歴史年表に見出しをつけ、道路標識のように流れを整理する方法も学ぶ。
46[破]は、3日後に物語編集術のアワードである「アリスとテレス賞」の締切を控える。学衆は課題映画を翻案し、原稿用紙8枚分の物語を執筆中だ。アジール位相教室学衆Uははやくも第3稿に取り掛かり、師範代畑勝之も「死ぬ気で指南する」と徹底的な伴走で応じている。この物語も、五段階に分節化される英雄伝説の型にのっとり構成される。
800字の知文ではポッと出とシメの尾頭を整えたように、3000字の物語ならそれぞれの章タイトルの小骨にも世界観を凝縮すべし。作品がひとつの贈り物ならば、表題は熨斗紙、章タイトルは小分けのリボンだ。フタをあけ、順繰りに結び目をほどいていく読者が、いつしか物語という箱のなかに迷い込むような仕掛けがほしい。
過去期のAT大賞作品のなかから、番記者が厳選した章タイトル四天王を紹介しよう。
■物語AT大賞 章タイトル四天王
▼『黒染めの幻獣図 ―色のうた―』
一色 いよいよ黒く
二相 くろぐろと光素(エーテル)を吸ひ
三貌 腐植の湿地
四調 琥珀のかけらがそそぐとき
五彩 鳥はまた青ぞらを截(き)る
原作:エイリアン 第35期 [破]アリストテレス賞 大賞 ■A.U.(おとづれスコア教室)
宇宙船でのスプラッターホラーを日本の染色工房に移し替え、和の伝統色で妖しくも鮮やかに染めあげた作品。原作にあった「支配・暴力・コントロール」という関係は、「染める」と読み替えられた。作品には陰陽五行や「墨に五彩あり」などの思想が援用され、章タイトルも「一色」から「五彩」まで段階ごとにスコアを置き換えるなど、世界観の織り込みが圧倒的。
▼『言文幸福論』
― 対比 ―
― 転換 ―
― 例示 ―
― 逆接 ―
― 応答 ―
原作:男はつらいよ 第37期 [破]アリストテレス賞 大賞 ■M.K.(毎日フィギュール教室)
主人公は接続詞、ヒロインは感動詞。当時の選評委員が満場一致で大賞に即決したというこの傑作は、寅さんを日本語が演じる人間的ドラマに描きなおしたもの。主人公は「あってもなくてもどうでもいい」接続詞に生まれ変わった。章タイトルは接続詞の機能によって統べられ、これ以上ないほど研ぎ澄まされている。
▼『浩太郎の海』
1.滴る桃
2.導く猫
3.蘇る海
4.隠されたフィルム
5.残された帽子
原作:スター・ウォーズ 第42期 [破]アリストテレス賞 大賞 ■Y.A.(空色オイコス教室)
帝国軍と同盟軍の対立構造を第二次世界大戦に置き換え、主人公を1950年代の青森に生きる15歳の少年に設定した作品。師範代にすら明かさなかったというが、歌人である学衆Aは、寺山修司のいくつかの歌を下敷きにシーンを構成したという。冒頭の列車での上京シーンは「桃いれし籠に頬髭おしつけてチエホフの日の電車に揺らる」を本歌取り。参考歌は章タイトルにも結晶化した。
▼『娘首舞台川道行』(むすめがしらぶたいがわみちゆき)
身も世も思ふままならず
夢をさまさん花風の
曇る涙にかきくれくれ
いつもさもあれ此の時は
取り伝へたるのちの世も
原作:男はつらいよ 第43期 [破]アリス賞 大賞 ■T.H.(比叡おろし教室)
作品タイトルがすべてを語るように、文楽の人形遣いと、過去に糸が切れ不吉扱いされる娘役の首(かしら)の物語。「げにや中橋もみぢ川」と唸りに始まる本作は、全編が近松モードを踏襲し、七五調の章タイトルは作品を超訳したひとつの歌のようにも聞こえてくる。
学衆Hは史実を調べ上げ、物語の舞台を貞享元年の道頓堀竹本座創設から寛延元年竹本座『仮名手本忠臣蔵』初演頃までと事実ベースで限定していった。
書きたい物語をまえに「型が邪魔をする」と立ちすくんだが、あるとき「型があるからジャンプできる」と英雄伝説の力を実感したという。その大転換のプロセスは、こちらのインタビュー記事で読まれたい。
▼43[破]AT物語・アリス大賞受賞、羽根田月香さんインタビュー クリエイティブ信仰との決別
https://edist.isis.ne.jp/post/p5816/
※物語AT関連記事※
●44[破]AT物語・アリストテレス大賞受賞を語る:
稲垣景子さん×吉居奈々さん「ひそやかな戦いを描きたかった」
https://edist.isis.ne.jp/post/44ha_monogatari_at/
●43[破]AT物語・アリストテレス大賞受賞、
北村彰規さんインタビュー:寅さん、忍びになる
https://edist.isis.ne.jp/post/p5704/
●43[破]AT物語・アリス大賞受賞、
羽根田月香さんインタビュー クリエイティブ信仰との決別
https://edist.isis.ne.jp/post/p5816/
●43[破]AT物語・テレス大賞受賞、
畑勝之さんインタビュー:英雄はマルボロ・ライト
https://edist.isis.ne.jp/post/p5710/
●神話がルークを生んだ!物語づくりはSTAR WARSに学べ
【46破 物語 課題映画リスト】
https://edist.isis.ne.jp/post/46ha_films/
画像提供:野嶋真帆
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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