仮説には勇気が必要だ。書き手がふりしぼるべきは、その勇気の一滴なのである。
5月8日、本楼では安藤昭子(編工研専務)は、アブダクションと勇気の関係を35[花]入伝生に説いた。そのころEditCafeでは、角山祥道(師範代)は「まずは自分の言いたいことをひと言で」と学衆をけしかけていた。
■松岡正剛は「ポッと出」で書き出す
46[破]は、最初の山場「1-07番:セイゴオ知文術」の佳境に入った。
これは千夜千冊を書き続ける松岡正剛をもどき、1冊の本を800字に再編集するお題だ。このお題が「アリスとテレス賞」というアワード対象であることから稽古にも熱が入る。〆切1週間前にして、ジャイアン対角線教室ではすでに第5稿を手掛ける学衆Iも現れた。土台となるのはこれまで稽古してきたモード文体術と知文術だが、さらに留意すべきことがある。
松岡正剛のライティングメソッド、大原則のひとつは「ポッと出」だ。これは、文章の書き出しに、いちばん肝要なところをポンと飛び出させる技法。2002年の第1回アリスとテレス大賞開催時から松岡が強調してきたメソッドである。イシス学衆であれば、校長室方庵[39]「書きつ・書かれつ・読みがえれ」で、そのヒントをすべて読むことができる。
46[破]別院でも、小路千広(評匠)が700夜『野口雨情詩集』を例に解説をおこなった。童謡「シャボン玉」や「こがねむし」「赤い靴」などを手がけた詩人を、千夜では「雨情は言葉を削ぐ」とまず切り出していくのだ。
■知文AT大賞 ポッと出コレクション
松岡が創文の「王道」と呼ぶのが、この「ポッと出」だ。文頭で決め手を放つという潔さが、文章を凛々しくさせるのである。角山は、セイゴオ知文大作戦の番外編とし、過去期のアリスとテレス大賞作品から書き出しの1文を抜き出して分析してみせた。
遊刊エディスト紙上でも、過去の大賞作の冒頭をいくつか共読したい。
▼タルホといえばセイゴオだ。宇宙散歩の道連れだ。
『稲垣足穂さん』松岡正剛 第39期 [破]テレス賞大賞■学衆M.S.(コノハナサクヤ教室)
書き手の読みをズバリと放つ。有無を言わさぬ断定で読者に問う。
▼しんと染みる言葉は、いつしか深潭を越え、読むごとに、焦がれる程にみっちんとなった。
『椿の海の記』石牟礼道子 第45期 [破] アリス賞大賞■Y.W.(神島鳴神教室)
本の世界に自分が溶け込んだ読書体験ごと、書いてみせる。
▼神は姿を現さない。夜更けに不思議な「音なひ」として聞くことができるだけである。
『文字逍遥』白川静 第42期 [破]アリスとテレス賞大賞■C.F.(はじかみレモン教室)
著者のキーワードを端的に言い替え、本の世界観を提示する。
▼真っ暗な穴の中にいる。においと手ざわりだけがある。誰かがいる。
『雪の練習生』多和田葉子 第40期 [破]アリスとテレス賞大賞■R.A.(リテラル本舗教室)
気になる描写からはじめ、読者を物語世界へ一気に連れこむ。
▼白い紙に黒鉛を刻む。この二色で、どんな色も生みだせる。
『悪童日記』アゴタ・クリストフ 第44期 [破]アリスとテレス賞大賞■N.T.(とりかえサンダル教室)
読みのキーワードを対比的に提示する。
▼ギャー、バリバリッ、ボドボドッ。
『神の左手悪魔の右手』楳図かずお 第35期 [破]テレス賞大賞■Y.S.(彩月ミシン教室)
作品世界をオノマトペに象徴し、聴覚的に訴える。
▼鏡の中に、蛇がいた。ぐるりと首をまわしたら、しゅるりと出てきて女になった。
『蛇を踏む』川上弘美 第34期 [破]アリスとテレス賞大賞■H.S.(津々マリアージュ教室)
読み手の感想を、ビジュアル的なメタファーとして語る。
■国語の試験ではないのだから
自分の読みを提示するのには足がすくむ。それは、本の読み方にはひとつの正解があると、学校教育のなかで教わりつづけてきたからだ。
35[花]入伝式では、原田淳子([破]学匠)は旧態依然とした国語の入試問題に切り込んだ。「著者の意図を文中の言葉で説明せよ」など、読み手の自由な解釈を拒否する読み方をいつまで続けるのかと。
同じ学校であっても、イシス編集学校はそれにあらがう。校長松岡はつねづね言うのだ、本の読みは多様にあってよく、本をとおしてさまざまな相互編集が起きることこそ大事なのであると。本を読むのは、のっぺらぼうの読者一般ではなく、ほかでもないあなたなのだ。あなたの切り出す勇気を、読み手は待っている。
写真:野嶋真帆
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梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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