【イシスの推しメン/2人目】剣道歴25年・イケメン税理士はなぜ15年間「編集稽古」を続けるのか

2022/08/31(水)09:00
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イシス編集学校師範の岡部吾朗

イシス編集学校を紹介した1冊の書籍がある。それが『インタースコア』だ。全530ページ、自立するほどの分厚さの本。なぜそれほどの紙幅が必要だったのか。カリキュラムか、学校の設立理念か、校長松岡正剛のインタビューか。じつは、もっとも眩いスポットライトがあたっているのは「」である。

 

小学4年生から80歳までが学ぶネットの学校、イシス編集学校。ここには、唯一無二の輝きをみせるスターがあちこちに散らばっている。2000年に開講し、設立22年が経ったいま、あらためてイシス編集学校でどんな人が学び、なにを学んでいるのか掘り下げる。本連載企画では、Edist編集部が今推したい、いきいきと編集を続ける【イシスの推しメン】を紹介する。

 

推しメン2人目

岡部吾朗さん(岡部会計事務所代表、税理士)

 

税理士だった父に影響を受け、大学卒業後、父と縁の深かった税理士事務所で働きはじめる。イシス編集学校に入門したのは、税理士の国家試験を終えた2007年。はじめての状況に対応するためのスキルを身につけるべく『知の編集術』(松岡正剛著)を手にとった。イシス編集学校ではほぼすべての講座を修了し、師範を務める。相手の隙に鋭く打ち込むような言葉の凛々しさに定評がある。剣道歴25年、5段。

聞き手:エディスト編集部(吉村堅樹 他)

 


■ 成功したイケメン税理士が、なぜイシス編集学校に?

――岡部さんといえば、イシスの元祖イケメンとして名高い……

いやいやいや。その紹介は勘弁してくださいよ。


――僕(吉村)は恨みがあるんです。岡部さんといっしょに、ある病院でワークショップをしたとき、参加者の女性がみんな岡部さんのほうに吸い寄せられていって。

この記事、顔出るんですか? Zoomで補正しないと……

――個人的なやっかみはともかく、岡部さんはなぜ編集学校に?


『知の編集術』をたまたま本屋で見つけたんです。それを読んだら面白くて、この松岡正剛さんという方がやっている学校なら入ってみたいなと思ったんです。もう15年も前になりますね。

――なぜ、『知の編集術』にピンときたんでしょうか。


税理士の国家試験を終えたころだったんですね。だから、なにか新しいことを勉強したかった。それでマネジメントなどを学んだんですが、どうにも適用できる範囲が狭く感じたんです。もっと、はじめての状況に柔軟に対応できるようなスキルがほしいと思って、本屋をめぐっていたんです。

――なるほど、細分化された能力ではなく、もっと根源的な方法を知りたかったのですね。

そうです。それで、ネット上で編集力チェックを受けました。やってみても正直よくわからなかったけれど(笑)、だまされたと思って申し込んでしまえと思って、入門しましたね。


■ 「引き受けよ」
  生き方までも指南してくる、凛々しい師範代

――入門していかがでしたか? 

転機が2回ありましたね。応用コース[破]では、文章をたくさん書くんですが、ぼくは文章を書くのが苦手だったんです。講座が始まって2週間も経たないうちに、それを見透かしたかのように森山智子師範代(コスプレ兵法教室)から「引き受けよ」って言われたんです。そのとき、ああ自分は逃げていたんだなと気付かされましたね。

――森山智子さんといえば、松丸本舗のブックショップエディターとして誰もがファンになったイシスきってのスターですね。あの着物美人が「引き受けよ」とは……。かなり鋭い言葉ですね。

打たれたなあと感じたんですが、剣道の稽古と重ねると、打たれてなんぼなんですよね。僕は小学生のころから社会人になってからも、20年以上剣道を続けていたんです。
剣道って高段者の先生を相手にすると、自分がかかっていっているはずなのに、なぜか自分が打たれてしまう。スキに打ち込まれるんですね。でも打ち込まれて上達していくので、編集稽古も「稽古」なんだなあと感じました。

――学衆のアウトプットではなく、そのアウトプットに至るまでの「カマエ」を指摘するって、けっこう勇気のいることだと思いますが、イシスにはそういう毅然とした師範代がいるんですよね。

 

あの姿はほんとうにかっこよかったです。厳しいこと言われてヘコむというより、その気構えに一気にファンになりました。同じ教室には、森山師範代にメロメロになる男連中が3名ほどいました(笑)


あとは、ほかにも「言葉が上滑りしています」ってぴしゃりと言われたこともあります。編集コーチ養成講座[花伝所]で、志村呂子師範に指摘されました。そんな厳しいこと、よそでは言われることないじゃないですか。そのときはちょうど「ゲリラ豪雨」という言葉が生まれた年だったので、その雨と雷の情景とともによく思い出します。

――岡部さんは編集学校で、ほぼすべての講座を修了しておられるんですよね。基本コース[守](17期)、応用コース[破](17期)、編集コーチ養成コース[花伝所](9期)と進み、師範代や師範となってからは、物語講座[遊]5期に遊んだり、世界読書奥義伝[離](7季)を修了されたり。そこまで学び続けるにはどんなどんな理由があったんでしょうか。

わからなかったんですよね、編集術の真髄が。学衆として学んでも、師範代として学衆を導いても、まだわからない。わからないからまだやらなきゃ、と追われていたような感覚です。

――続けていてなにかを掴めた感覚はありましたか。

じつは、学んでいる最中は、なにかを掴んだという感覚はあまりないんですよ。でも面白いのは、すこし間をおいて振り返ったとき、「あのとき、これを掴んでいたな」とたしかに気づくものがあるんです。


 

■ イシス編集学校は

  コミュニケーションに悩む経営者にこそ勧めたい

 
――岡部さんは、ここ3年で数名の方をイシスに誘っていますよね。なぜ紹介したんでしょうか。

税理士としてお付き合いする方には経営者の方が多いのですが、悩んでいるところを見るとイシス編集学校を勧めたくなりますね。イシスで学ぶ方法は、さまざまな状況をハンドリングする経営者の方にこそ知ってもらいたいものです。

――岡部さんのお知り合いで受講された方は、入門してからなにか変化を感じますか。

ああ、大きく変わったなと思いますね。たとえば[守][破][花]と進んだTさんは、入門まえは現社長の背中を追いかけるのに必死な様子に見えたんです。でもイシスに入ってからは、現社長が考えていることを自分の言葉で理解して、社長とともに歩めるようになったと感じます。編集学校で、人に対するさまざまな向き合い方を体得されたんだろうなあと惚れ惚れしています。

――編集工学的にいうと、相手の話す「言葉」ではなくて、相手のもつ「エディティングモデル」を掴めるようになったということですよね。編集術の奥義を、お仕事に活かしておられるようすが頼もしいです。ほかの方はいかがでしょう。

そうですね、いまぼくは趣味でスキューバダイビングをしているのですが、そこのインストラクターIさんにも勧めました。インストラクターって、言葉で生徒を動かすお仕事ですよね。彼とはふだん、スナックで盛り上がるような他愛のない話をするわけですが(笑)、そのやりとりのなかで「なんで岡部さんは硬い仕事をしているのに、言葉は軽いの?」と感じたことがあったようです。そのとき編集学校でのぼくの体験を話して、「自分のコミュニケーションの方法をあらためて見直すことができるよ」と勧めた気がします。

 

――言葉を自由に使えるようになりたい方は多いですものね。それにしても、仕事は硬いが、言葉は軽いって思わず口ずさんじゃう対句ですね。そんな岡部さんは、どんな人にいちばんイシスを勧めたいですか?

経営者の方でも、コミュニケーションで悩む方って多いと思うんです。お客さんだけでなく、従業員にも向き合わなければならない。そういうときに1人で10人の学衆を相手にするイシスの師範代の姿を知っていると、多様な人に対する向き合い方がわかるはずです。だから、なにか自分に欠けているものがあると思ったとき、選択肢のひとつにしてもらいたいなと思います。変化したり成長する機会を逃すのはもったいないじゃないですか。だから、好きな相手にはイシスを紹介したいなと思います。

 

アイキャッチ:富田七海

文中写真:エディスト編集部

 


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  • 梅澤奈央

    編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。