「安堵のため息の生暖かさを計る」
「純真を保つために必要な白色の量を量る」
「一目ぼれの電圧を測る」
絵本作家・工藤あゆみ氏の本、『はかれないものをはかる』に出てくる言葉だ。挿絵には、人のような犬のような主人公が吐く赤いため息。たくさんの白色の瓶。びりびりと一本降りてきた電流。こうした「はかれない・はかりしれない」と思うものさえ温度として、色の量として、電圧として取り出されてみてこそ、その様子が、その程度が、浮かび上がってくる。
11/7、花伝式目演習も3週目に入り「M3 メトリック」稽古が始まった。Metricとは測定基準・測度そのものを指すが、編集工学でのメトリックは「測度感覚」を指し、花伝式目では「程(ほど)」と呼ぶ。
演習では、学び手の考え方や取り組みよう、回答にあらわれた意味を読み取るために、いくつものメトリックを引っ張り出しては重ね、その特徴を分析する。道場生は今まさに、首っ引きで取り組んでいるところだが、回答にせよ教室にせよ、どう分け入るか、その分かれ目をどう設定するかが肝となる。
メトリックとは畢竟、どんなモデルで情報を分節化するかという、検討と決断の方法である。
37[花]調子はどうだい? 花伝式目演習第三週:メトリック(程)
もう一歩、メトリックの奥に入っていこう。まずは分節してみる。
ひとつには、いろいろなハカリ・モノサシ=「測度基準」を重ね、対象を多様に「見方づけ」して、広く深く可能性を探ること。
あるいは、やわらかな目盛り立てで、対象の「動きの様子の按配」をダイナミックに・きめ細やかに測り、機微を捉えること。
これら丸ごとを「メトリック」とみてみたい。ともに柔軟で多層なほど、解像度鮮やかに対象の可能性を取り出せるだろう。
測度感覚。そう、測度そのものではなく、感覚。度合いを測るという感覚。ここに「程」という語が合わせて置かれる訳もある。「ほどほどにする」「程よく仕上げる」「ホドをみる」などと使う「程」。頃合い・程度・余地・按配とも言い換えられそうだが、踊りにみる「程」の言葉を引いてみる。
世阿弥はそこを「動十分心、動七分心」と言った。
大きな前提に「動かない」という否定がある。
そこからちょっとだけ「程」というのものが出る。
その程を少しずつ「構え」というものにする。
程は、出てくるのだ。動かないでいたところにふっと出るもので、間とはまた違う。構えの前にあるもので、機の到来の予感、とも言えるだろうか。見えないけれど、ふっと余地ができて、物事が始まる。その機の予兆を捉える。機の到来具合、成熟度合い、分かれ目の気配、差し掛かりの程度を測る、とだんだんイメージが開いてくる。この「程」は、余地に近く、身体的なもの。アフォーダンスそのものとも言えそうな。
と、こうして言葉に尽くしてみるけれど、なかなか捉えられない、でもわかる、という「程」。ここが難しい。
先日のAIDA Season3で 社会学者の大澤真幸氏が語っていた。
言語経験として重要なのは肝心なことはなかなか言えないということ。
日本語で大切なところは表れていると同時に隠れている、表れきったと思ったらバーチャルに隠れている部分がある。
ヨーロッパの言語では明晰に言うことが重要で立派だけど日本語は初めからそうなっていて、歌というものになってくる。
日本語としるしの秘密は源氏物語にある AIDA Season3 第1講 10shot
歌のように何かに託すという方法、略図的原型や比喩によって、隠れたもの、数値化されない情報の「程」がいよいよ表れてくるとも言えそうだ。
冒頭の絵本のように、どんなものの状態もそのほどあいを掴んでは、すっと手渡せるというわけだ。略図的原型が微かに動いた情報の輪郭を際立てるから、程をつかみやすくなる。そこにアフォーダンスが生まれ、アナロジーが出立できる。電圧を感じてこそ、なのである。
M2モード稽古で扱った「スコアリング」お題のように、編集工学では柔らかなスコアやダイナミックなメトリックこそ、いつだって大事にしてきた。今期の千夜10夜でも「いそいそとする無上」と幸福を測り、「西脇順三郎って芭蕉」と、覚束なそうなのに、なるほどと言わせる按配が取り出されている。
もちろん、イシスの外でもメトリックは蠢く。筆者の働くデザイン事務所ではパッケージ案を前に「王道の飲み物としてはスンとしすぎ。もっとバビっと!」「俯いたデザインだね、胸を張ろう」。ずいぶんふわっとしているが、連想が動くのがわかるだろう。アイデアが今の番地をばしっと把握し、目的地へ颯爽と駆け出していく。
一目ぼれの主の電圧を感じればこそ、かける言葉やモードや、声がけの機を見極められる、どう動くかを選択できる。それがメトリックの力 ー
さて、これを読みながらもどんなメトリックが立ち上がっただろう。
さらにどう重ねてみようか?
ほかほかから熱々へ向かう四道場。式目稽古はまだまだ続く。
文 江野澤由美
アイキャッチ 阿久津健
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イシス編集学校 [花伝]チーム
編集的先達:世阿弥。花伝所の指導陣は更新し続ける編集的挑戦者。方法日本をベースに「師範代(編集コーチ)になる」へと入伝生を導く。指導はすこぶる手厚く、行きつ戻りつ重層的に編集をかけ合う。さしかかりすべては花伝の奥義となる。所長、花目付、花伝師範、錬成師範で構成されるコレクティブブレインのチーム。
イシス編集学校のかなめは人。元・図書館司書から人材育成へとキャリアシフトし、専攻したドイツ語から方法日本へと原点回帰するのは花伝所きってのビブリオテカール、41[花]師範の山本ユキ。大学院で「学びの見える化」を日々研究す […]
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