【輪読座】2021年は「21世紀の再編集」へ(「白川静を読む」第四輪)

2021/01/31(日)18:00
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21世紀から20年を過ぎた今、姿勢をただす

「小さな本ではありますが、私自身はずいぶん緊張しながら仕上げました。姿勢をたださなければ書けない、と感じたのです」

 

松岡校長は『白川静』(平凡社新書)のあとがきにこう記した。2008年9月のことである。「東洋学≒日本学」という方程式のようなものに正面から生涯をかけて立ち向かった白川を、同書で「白川静という巨知」「白川山脈」などと見立てている。

 

『白川静』の刊行からすでに干支は一周し、2021年は早くも1ヶ月が過ぎようとしている。

 

「2000年生まれの人たちが成人するほどの21世紀を過ごした私たちは、そろそろ20世紀を反省し、再編集をしていかなければならない

 

1月31日、バジラ高橋は2021年最初の輪読座でこう述べる。

 

20世紀の前半は、二度の世界大戦とともに世界的なスペイン風邪が猛威をふるい、日本は関東大震災に見舞われた。20世紀の後半、日本は冷戦を横目に経済的成長に生きた反面で自らの国家戦略を失い、食料自給率も4割ほどに低下し、国家として成立が危ぶまれるような状態を抱えたまま過ごしてきた。

 

そして21世紀に入ると、東日本大震災と今日の新型コロナパンデミックである。今年で3.11から10年が経つというのに、それがどういうことだったのか未だに語れず、英米政府はワクチン開発に拠出をする一方で、日本政府はマスク配布に200億超を費やす。

 

国家としての方法もおぼつかず、世界への貢献もできずにいる今、21世紀への新たなチャレンジをさらに強力にしていかないとヤバイとバジラはいう。そろそろ姿勢をただす時だ。

 

 

古代文明と現在を照合する

こうしたバジラのメッセージは、Hyper-Editing Platform [AIDA]の第一講での「日本はやばい。かなりやばい」という松岡座長の言葉を連想させる。

 

ではどう姿勢をただすか。その一つは「古代文明の衰滅を見ること」(バジラ)にある。

 

ところで、輪読座の冒頭では、前回の学びを座衆が一枚の紙に「図象」として再編集をして発表をする。今回の図象発表では、古代文明のあり方を現在と照合する見方が多かった。

 

尾崎伸行座衆は、殷時代における文化圏が、洪水と氾濫から生まれた一方で、気候変動の影響で西周の首都が河川中心にうつっていたあり方に注目。「文化は人間の意図ではなく、自然の変化や偶然生で勝手に巻き起こるのでは」「3.11やコロナ禍における我々も、予期せぬ変化の元で変化しているのでは」と仮説する。

 

松井路代座衆は、「神々への祈り」と「テクノロジーの伸長」という二つのパラメーターを設定し、数万年前の狩猟採集時代に主流であった神々への祈りが、器から青銅刀、甲骨文、楽器などのテクノロジーの伸長に取って代わるプロセスを図象化させた。そのプロセスを「しるし→文字→興の発生」と三間連結でとらえ、このプロセスと現在をつなげてとらえてみようと語る。

 

「『興』という発想手段こそが日中両国の古代に共通しているのではないか。白川さんは早くからそこに着目していたのです」(『白川静』より)

 

岡本悟座衆は、「東洋と西洋」「古代と現在」「時系列と空間的」など、バジラの図象に秘められた「多くの軸を立てて白川システムを読み解く」方法に着目。まずは、古代中国において各地の文化が殷や周に統合されていく空間的な図象を、時系列の年表に再編集する。こうした理解のバックアップを経て、再解釈を行い、白川はアブダクションをきかせて「記号<文字<単語<伝承・民俗・信仰…」と階層的な世界理解をしていたのではと仮説した。

 

 

古代中国の方法から21世紀の再編集へ

第四輪では「国家神話と宇宙神話」と題し、メソポタミア文明を照合しつつ、黄河や長江文明が共通して大洪水とともに洪水神と治水神が生まれ、神話や経典、詩などの物語によって、失敗や成功の歴史を継承していくプロセスを概観した。

 

輪読座の後半には、図象と白川文献の輪読を経て、20分ほどの限られた時間でそれらを一気に図象化するワークがある。

植田フサ子座衆は「自然現象→神話的世界→経典」という三間連結を軸に、大洪水に代表される自然現象をまず宇宙神話として編集し(=神話的世界)、それをさらに再編集したことで経典(=国家神話)に至ったのではと見た。

 

白川山脈に分け入って仮説を生み出す座衆の姿勢に、バジラは笑顔を隠さない。

 

古代中国の宇宙神話や国家神話はまさに編集の歴史そのもの。彼らは過去を意味づけし、法律や国家体制の意義へと再編集していった」。

 

白川静の輪読に挑み、中国学・漢字学に向かう座衆の視線の先には、「かなりやばい」今の日本がある。座衆は白川の方法を手に、今年もまた、図象を通じて21世紀の再編集に向かう。

  • 上杉公志

    編集的先達:パウル・ヒンデミット。前衛音楽の作編曲家で、感門のBGMも手がける。誠実が服をきたような人柄でMr.Honestyと呼ばれる。イシスを代表する細マッチョでトライアスロン出場を目指す。エディスト編集部メンバー。

コメント

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川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。

山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。