マンガのスコアの創り方

2022/01/06(木)09:22
img DUSTedit

 エディスト読者のみなさま 新年あけましておめでとうございます。

 本年も、引き続き「マンガのスコア」の連載を続けさせていただきますので、よろしくお願いいたします。

 

 さて、今回は新春特別企画ということで、「マンガのスコア」制作の舞台裏をご紹介することになりました。

 

 思えば、この連載を始めてから、はや一年10ヶ月。

 なんだかずっと非日常的な生活が続いていて、一人で特殊な編集稽古をしている気分です。守・破・離につづく二年間のスパルタコース。なんなんだこれは。

 

■次々と破られるルール

 

 そもそも連載の発端は、高橋秀元先生の輪読座を受講していたことに始まります。

 宿題の図解をコマ割りマンガで提出したところ、吉村林頭が面白がってくれ、新しく始まる「遊刊エディスト」でマンガを描いてもらいましょう、ということで執筆メンバーに加えていただきました。

 その後、いろいろ紆余曲折の末、近畿大学DONDENの一角にあるLEGEND50のマンガ家の模写をする、という企画に落ち着いた経緯については昨年のインタビュー記事に書かれているとおりです。

 

 連載開始当初は、ほんとに自分に絵が描けるのか不安がありました。

 なにしろ、昔、マンガの真似事のようなものを描いていたとはいえ、かれこれ10~20年ペンを握っておらず、自分がどの程度の絵が描けるのかもわからなかったのです。

これから50人分の模写をすると考えただけで気が遠くなり、とにかく最初の頃は、どうやって誤魔化せばいいかしか考えていませんでした。

 

ともかく最初に決めた方針は、

① サインペンで荒いタッチでサラッと描く。

② ベタも使わず斜線で済ます。

③ 定規は使わない。

④ トータルで小一時間以内に仕上げる。

――といったものでした。

とにかく本気で描いてませんよ、30%ぐらいの出力で描いてますよ、ということを全力でアピールしようとしていたのです。

 

 第一弾として描いた、こちらの手塚治虫の模写を見ていただければ、当初の方針がわかっていただけるかと思います。

 

 これでも、自分で想定していた以上にマトモに描いてしまい、ちょっとマズイなと思ったものです。

 今見ると、だいぶざっくりした描き方ですが、火の鳥の顔をサインペンで描くのに抵抗を感じ、少しだけ、つけペンを使うことにしました。ところが、いざ、つけペンを手に取ってしまうと止まらなくなり、結局半分近く、つけペンで描いてしまいます。ルール①は、さっそく破棄されてしまいました。

 

そして二番目に描いた、つげ義春では、「ベタに特徴があります」ということを描くために、あえてベタを使いました。はやくもルール②が破棄されます。

●LEGEND02つげ義春①「図」と「地」の逆転劇

 

 

 こちらは楳図かずおの模写の一部。定規を使わないルールだったので、フリーハンドで集中線を引いたら、とても汚くなってしまい、後悔しました。もちろん腕が良ければこんなことにはなりません。

●LEGEND16 楳図かずお 戦慄の迷宮

 

 

 楳図かずおで懲りたので、次の井上雄彦のときに、集中線だけは定規を使うことにしました。こうしてルール③も破棄。

 

 そして当然、ルール④も早々に破棄されています。小一時間どころか、一日で完成しないこともしばしば。こんな原稿を一日に何枚も描くマンガ家ってすごいなと思います。

 

 最初の頃は、絵に自信が持てず、できるだけ小さい紙に描こうとしていました。しかし小さいと、やはり描きづらく、やがて通常の原稿サイズで描くようになりました。

左が小さい紙で描いていた頃のもの、右が通常サイズ。

 

 

 小さい紙で描いてると、最後のコマの千兵衛さんみたいに、人物がデカくなりすぎて、コマからはみ出してしまうことがよくありました。

●LEGEND03鳥山明①画力スカウター無限大

 

 

■模写のやり方

 

 まず、どのマンガの、どのページを模写するか決めるのに、かなり頭を悩ませます。スコアリングをするのに適当なページ、…というのもありますが、実は、ラクに描けそうか、というのも重要なポイント(笑)。

 

 いくつか候補を絞って、とりあえずコピーを取ります。たとえば萩尾望都のときは「ポーの一族」から四点ほどコピーしています。

 

 

 そして、さんざん迷った挙句に選んだのがこちらの絵。

●LEGEND07萩尾望都 トップギアで半世紀

 

 

 描き方としては、コピーを左側において、横目に見ながら、ひたすら描く、という原始的な作業です。

●LEGEND26ちばてつや 闇を抱えた明朗さ

 

 

 下描きが完成するまでが一番しんどいです。この辺まで出来上がると、だいぶ気が楽になります。

 

●LEGEND11 辰巳ヨシヒロ ぼくが劇画の仕掛人だった

 

●LEGEND10吉田秋生 『海街diary』までの道

 

 

 少女マンガの眼の描き方がわからないのでペン入れ前に、にわか練習。こんな泥縄式のやり方で、いつもやっています。

●LEGEND14竹宮惠子 BLはここから始まった

 

 

 こちらは楳図かずおの下描き段階。下描きの線をゴチャゴチャ描き込みすぎると、自分でも読み取れなくなるので、この程度に。

 しかし慣れていないと、ここからペン入れするのは、ちょっと不安です。

 

 

 ペン入れして初めて「なるほど、こうなるのか」とわかります。自分でも、よくわからないまま描いてます。

 

 

 描きやすそうなところからペン入れ。ゴルゴの顔は緊張するので後回し。

●LEGEND39さいとう・たかを ガキ大将の孤独な闘い

 

 

 完璧に似せようとすると、無間地獄に陥ることになります。横目でチラチラ見ながら、一から自分の絵を描くぐらいの気持ちでやると楽です。

 服の皴なんて超テキトー。雰囲気だけ見て描いてます。

●LEGEND42荒木飛呂彦 どこまでも読者ファースト

 

 

 駕籠先生の模写。内臓も雰囲気だけ見て描いてたら全然違ってしまった。

●番外編 駕籠真太郎 驚愕の地平線

 

 

 ときには敢えて全く変えてしまうことも。

 永井豪のときは、3コマ目(おそらく100%アシスタントの手になるもの)がイマイチ気に入らず、勝手に自分の絵を描いてしまいました。

●LEGEND20 永井豪 傑作濫造マシーン

 

 

 近藤ようこ先生の模写

 描いているときは意外と気がつかないが、完成してみると「全然似てね~」ということはよくあります。

●LEGEND04 近藤ようこ 中世説話ものから現代ものまで

 

 

 山本直樹先生の模写

 上の女の子はともかく、下の方は似ていないにもほどがある。ちゃんと見て描いたのか。

●LEGEND06山本直樹①規格外の人

 

 

 あたるがタチキリラインを大幅にはみ出してしまい、おかしいなと思ったら、ラムが右に寄りすぎなんだ。こんな段階になるまで気がつかないとは。

●LEGEND40高橋留美子 進撃の女神

 

 

 思いのほか難しかったのが『鬼滅の刃』煉獄さん。何回描き直しても似せられない。

 

 

 いったんあきらめて、一から描き直す(右)。よけい違う顔になる。

 

 

 左の方がまだ似ているが、煉獄さんと炭治郎の距離が離れすぎ。

 

 すったもんだの末、完成したのがコチラでした。

 

 

――とまあ、こんな感じで描いています。

 

「マンガのスコア」も、残すところ、あと9人。

難物ばかり残っているのですが、持てる力を振り絞って完走したいと思います。

 

「マンガのスコア」バックナンバー

  • 堀江純一

    編集的先達:永井均。十離で典離を受賞。近大DONDENでは、徹底した網羅力を活かし、Legendトピアを担当した。かつてマンガ家を目指していたこともある経歴の持主。画力を活かした輪読座の図象では周囲を瞠目させている。

コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025