をぐら離 文巻第6週 ─「アルス・コンビナトリア」

2021/01/31(日)09:32
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 世界読書奥義伝 第14季[離]は、“アルス・コンビナトリア”の週。Arts of Combination、結合術の意味ですが、情報をあつめてつなげる方法の部立て、編集工学のアーキタイプに迫る第6週です
 「をぐら離」では、析匠、小倉加奈子の日常を通した離の姿をお届けしていきます。門外不出の文巻テキストをもとに進められていく離の稽古の様子を少しでも想像いただければと思います。

 

1月24日(日)


 われわれがが望むべきは評判ではない。今後の社会に示されていくべきは評判のランキングではない。ましてその集計結果ではない。「評価」(evaluation)の内実であるべきである。「いいね」のヒット数などではなく、「いい」をめぐる対話を交わすことなのだ。
 だから「評判の社会」から「評価の社会」へであり、「レピュテーションからエヴァリエーションへ」なのだ。「レピュ」から「エヴァ」へ。これがぼくの注文なのだ。
──千夜千冊1604夜『勝手に選別される世界』


 昨晩、MEdit Labのブラッシュアップミーティングがあった。学校の先生方からこの教材を実際に使うにあたってのご意見をいただく。想像以上に先生方が、この教材が目指すこと、編集工学の可能性について理解と関心を持ってくださっていることがわかり勇気づけられた。
 成果ではなくプロセスを評価するにはどうするか、という問いから様々な評価方法が検討された。それってずっと編集学校の花伝所でも模索し続けてきたことだ。真の編集的リーダーシップをとれる人材を育成するためには、多様な評価軸も同時に検討していく必要がある。
 江戸時代の寺子屋において、プロセスの評価軸というのはあったのかしら?『江戸問答』読む。

第6週の文巻を重ねて読む『江戸問答』

 

1月25日(月)


 これらはまとめて「勘」とか「コツ」などと言われてきたが、実はかなりの複合的な判断力にもとづいたものなのである。こうした複合力は特定の視力や聴力があったからといって養えない。つねにイメージングの努力をしていないかぎり、勘もコツも気質も身につかない。

──千夜千冊1634夜『春は鉄まで匂った』


 衣笠純子さんは、類まれな動体視力と“子音聴力”を持っている。MEdit Lab監督の小森さんから随時上がってくるブラッシュアップ映像を衣笠さんが一緒にチェックしてくれる。チェックの細かさがハンパない。1/30秒の映像のズレまで見抜く。ライオン・キングを高らかに歌い上げる元劇団四季シンガーで、前世がサバンナの動物だったに違いない複合的判断力。衣笠さんの切れ長な目とふわっとした頬を思い出す。

 

1月26日(火)


 アレゴリーは見立てをふやし、アナロジーの幅を広げ、自身のイマジネーションにいくつもの隙間をつくるはずのものである。デザイナーにとっても、表現スペースのどこかに一個や二個のアレゴリー・アイテムを上手に放てるかどうかは勝負どころであるはずだ。
――千夜千冊685夜『アレゴリーとシンボル』


 校長のコンパイルの手法について先週からずっと考察し続けていたら、コンパイルとエディットの折り返し地点に「見立て」があることに気づいた。パースは直感はありえない、思考は連続していると言ったが、病理診断においては、顕微鏡を眺めた瞬間、直感的にこれだ!と診断が雷鳴のように響くことがある。それは「見立て」なのであるが、そういった直感の奥には病理学総論のグロッサリーをくまなく理解し、病態が頭の中でカテゴリー別に整然と並んでいるというコンパイルあってこそなんだと気づく。見立てについて、また一歩、深く理解できたように思う一方で、病理診断以外の自分の見立てがひどく浅くて安っぽく思えてきた。アレゴリーが足りないのかもしれない。

 

1月27日(水)


 免疫ネットワークでは、偶然性や偶有性がいかされていることも特筆されるべきである。即興性に富んでいるとも強調した。まさに、そうなっている。ぼくからすると免疫ネットワークこそ、すぐれてコンティンジェントなのである。
──千夜千冊1741夜『免疫ネットワークの時代』


 金宗代くんが、これでもか!と思えるほどわたしの本2冊、というか、わたしを三冊筋プレスのコラムに書き尽くしてくれた。もう1冊のカール・ジンマーさんが肩身狭そうで申し訳ない。
 それにしても小倉加奈子丸ハダカ状態ともいえるほどのコンパイルだった。本人が忘れている情報まで連れてきて鮮やかな見立てをいくつも魅せてくれる金くんの編集は、校長と太田香保総匠から何年にもわたって直々のシゴキを受けてきたことと、金くんの生来の自己研鑽能力の賜物である。香保さんは、今の金くんをスーパー・エディターと絶賛する。
 金くんはどこまでもやせ我慢な男で、クールでさっぱり、の表情の奥に潜む熱さとフラジャイルさがとっても魅力的なのだ。硬軟が混ざり合った金くんのメディエーション力は、すぐれてコンティンジェント。

 

1月28日(木)


  センス・オブ・ワンダーの翼はとても丈夫だよという意味だ。
 この翼は、既知の連続の隙間に突然に未知なるものを発見してくれる。それというのも、人類の想像力のルーツそのものがロマン(romance)であり、驚き(wonder)に発していたからなのだ。
──千夜千冊1540夜『想像力を触発する教育』


 おしゃべり病理医の仲間たちに、新しく今月から、ももちゃんが入ってきてくれた。”おおらか”ももちゃんである。7人目。”うんちく”ながせくんと”もぐもぐ”かりんちゃんは、立派に勝手に育って、さらなるステージへと本丸の医局に旅立った。そのすぐ下の後輩の”しっかり”しんしんは、一生懸命がんばってくれている。もうとにかく、みんながかわいい。
 わたしの指導医(という言葉はあまり好きじゃないのだが)としてのモットーは、1.一緒に学ぶ 2.一緒に驚く 3.一緒に悩む 4.ひとりで決断させる 5.一緒に責任を取る、の5つ。学ぶのは病理学、驚くのは生命の神秘、悩むのは診断の落としどころであり、最後の一手はひとりで決断させ、一緒に最終的な診断責任を共有する。この5つで、自分よりずっとずっと優れた病理医を育てる自信がある。ついでにわたしも昨日よりちょっとデキる病理医になる自信もある。編集学校だって同じだ(と、角山ジャイアンの五箇条を見てそう思った)。

遊刊エディスト『ジャイアン五箇条――46[守]新師範代登板記 ♯12』

アイキャッチ画像より

 

1月29日(金)


 ぼくは、ハッとした。これって何かに似ている。そうだ、漱石の「可哀想だた、惚れたってことよ」なのである。いや、わかりやすくは“信頼の相似律”というものだ。なるほど、なるほど、信頼のコストは類似性の連鎖にどれだけコストを払うかということだったんですね。
──千夜千冊夜1345夜『リスクのモノサシ』


 評価のモノサシを日曜日に考えたけれど、今の日本ではそれよりもリスクのモノサシの方がモンダイだ。リスクのモノサシにも類似に端を発する信頼の問題が孕んでいるなんて。まさに、リスクのアルス・コンビナトリアこそが必要なんじゃないの!
 今日は、MEdit Labの事前公開に向けてのコンテンツ〆切で、ばつぐん監督の小森さんとキラキラデザイナー穂積くんが動画編集スパート。シンガー衣笠さんは妖しいコーディネーターにお着替えして、切り盛りしてくださる。

ここからさらにブラッシュアップ予定の穂積デザインワークブック。

 

1月30日(土)


 「転用」といってもあれこれの方法やスキルのことではなく、ドゥボールらが「状況の構築」のために提起したかった方法の全体のことで、その「引っさらい方」がぼくには編集工学的におもしろかった。流用・転用・剽窃・模倣をものともしないところはブレヒト風の「異化」に近く、手法的にはモンタージュやコラージュを多用するのだが、ぼくからするとアブダクション(拉致)の方法思想にも通じていたのである。

──千夜千冊1763夜『スペクタクルの社会』


 別当会議。離学衆の来し方・行く末を交し合う。明後日から始まる文巻第7週についても火元組自身が理解をさらに深めるよう校長から促される。転用はアブダクション。資本主義に喰いつくされた世界の表象の断片をかき集める、その盗みと拉致の方法が世界読書奥義伝にある。特に第7週にはつまっている。

 

 

【をぐら離】

をぐら離 文巻第0週

をぐら離 文巻第0.5週

をぐら離 文巻第1週

をぐら離 文巻第2週

をぐら離 文巻第3週

をぐら離 文巻休信週

をぐら離 文巻第4週

をぐら離 新春特別便「セイゴオの生き方・対談もどき」前篇

をぐら離 新春特別便「セイゴオの生き方・対談もどき」後篇

をぐら離 文巻第5週

をぐら離 文巻第5.5週


  • 小倉加奈子

    編集的先達:ナシーム・ニコラス・タレブ。病理医で、妻で、二児の母で、同居する親からみると娘、そして師範であり火元組。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。『おしゃべりな図鑑』シリーズの執筆から経産省STEAMライブラリー教材「おしゃべり病理医のMEdit Labo」開発へ。おしゃべり病理医の編集的冒険に注目!