[週刊花目付#003] 来訪神とカリントウ

11/10(火)08:50
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週刊花目付

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2020.11.01(日)

 

 場違いな告白だけれど、私は「愛されること」をコワイと感じている。この場合の「愛」には、好意や称賛はもとより、敵意や嫌悪や嫉妬も含む。

 

 愛にはいつだって過不足があるから、私たちはその不均衡さを受容して逞しく他者と関わりつづけるか、然もなくば頑なにフィルターバブルの内に引き篭もるか、それとも自分専用の椅子を自ら用意してアウトサイダーを気取るか、選択肢は概ね以上の3つだろう。
 私の場合、アウトサイダーを棲処とすることを居心地よく感じている。臆病なくせに自尊心が強く、いわゆる中二病のタイプなのだ。

 

 そんなことを、半年ぶりに会った親友Cと会話しながら考えた。

 Cは私の薦めでイシスの編集稽古を体験した後、児童福祉の現場に身を投じて、愛と怖れ、癒しと励ましの相克に向き合いつづけている。人と人との抜き差しならない関わり合いの現場に、プロとして能動的に関与しようとするCの健気さを、私は愛しく誇りに思っている。

 

 私たちは誰しも、生まれてこの方、他者を評価し他者から評価されながら人生を歩んでいる。正の価値づけであれ、負の意味づけであれ、「わたし」は他者の視線から逃れることは出来ず、他者は「わたし」の残像や残響に評価を与えつづける。
 多くの場合、評価はまるで矢のように不可逆で、気まぐれで、放たれた矢を制御する者はいない。その場で「わたし」は、良きにつけ悪しきにつけ、自分の物語から疎外されたまま放置される。
 「愛」と「評価」とが、私には同義語に思える。それは「たくさんのわたし」を拡張もするし、分断もする。背を押されもするし、足を掬われもする。その諸刃の鋭さを、私はコワイと感じている。

 

 それでも、愛することと愛されることは呼吸のように往還し、どちらかだけを止めることはできない。愛も評価も一人では成立し得ない相互編集行為なのだ。そして私たちは、他者からの評価を受容することを通して「わたし」自身を受容しているのだろう。

 

 式目演習第2週は、他者との関わり合いの「Mode」(様)を巡る演習へ向かう。「受容」「評価」「問い」の3態について、自分事として、お互い事として考察を深める大事な週だ。

 

 

2020.11.03(火)

 

 「ではでは、また来ます」

 

 わかくさ道場のトリックスターKJが何気なく放った結辞を、花伝師範小川玲子が捉えて応じた。

 

 「教室には常に師範代がいて、そこに学衆さんがやってくる。師範代が教室に来るという感覚はなかったのですが、これもネット時代やオンライン環境の影響なのかしら」

 

 ふむふむ。「場」をホストする者の主宰意識についての問答だ。
 編集学校の教室はいつでもどこからでもアクセス可能だから、学衆にとっても師範代にとってもノマドな学習環境が保証されている。一方で、全ての教室に唯一無二の教室名が冠されているように、教室へ集う者は一期一会の稽古体験が永遠に記譜される。
 場に対しての関わり具合は、出入りする者一人一人の行動様式(style)を反映するのだろう。

 

 わかくさ道場の問答は、折口信夫のマレビト論へも及んだ。
 なるほど。「師範代はノマドな来訪神である」という見立てはアリだろう。だとすれば尚のこと、入伝生は何らかのイニシエーションを通過して、神と目されるほどの超越者へと精進しなくてはならない。
 式目演習のさらなる充実と、入伝生たちの「神化」に期待しよう。

 

 

2020.11.04(水)

 

 34[花]の花伝スコア(得番録)は「秋深き隣は何をする人ぞ」と名づけられた。式目演習が道場を越えてどのような共鳴や深化が起こっているのか、そのめくるめく創発の様子を激写しようとする錬成師範たちのアイデアだ。

 

 第1回配信担当の加藤めぐみ錬成師範が、入伝生の発言タイミングを6時間毎に集計したスコアを作図した。言葉が重なって行く様が、紅葉のような、宇宙のような文様に顕現されている。
 テキストオンリーのEditCafeの仕様を、かつて八田英子律師は「枯山水のようだ」と喩えたが、そこへカトメグは見事な錦を描いた。

 

 さて、秋深き得番録にはもう一つ重要な伏線が仕込まれている。

 カトメグは用意周到に、入伝生たちの言葉を「学ぶモデルの発生」から「師範代という構え」を経由して「自己編集性の発動」へ至る八段構成に採録した。この章立てが、花伝式目のマザーコードである「編集八段錦」を暗示していることに気づく入伝生はまだいない。

 

 

2020.11.06(金)

 

 花伝所内編集術ラボに、恒例の「花Q林」が設営された。禅林に肖ったプログラムで、編集工学を主題とする問答が交わされる。
 禅師にあたるロールは通称「花林頭」(カリントウと読む)と呼ばれ、32[花]で初代カリントウを当時NY在住の岡本悟師範が担って以来、当意即妙のソモサンセッパを先導する花形ロールとなった。今期は岩野範昭錬成師範が北の大地から降臨し、問答の先陣を切った。

 

 「地と図から図がなくなったらどうなるか」

 

 思わず連想が縦横に走る、絶妙の問立てだ。
 ポンと思いつきで回答を寄せる入伝生に、カリントウ岩野はいよいよ思考の加速を焚きつけつつ、脳内で動く3Aの軌跡をキャプチャーするように迫る。
 公案は、これに応ずる入伝生が自ら(問)を立て(編集)を起さなくては解くことができない。いわばQを呼ぶQなのである。

 

 はてさて編集の国に神がいるとするなら、その姿はマレビトに映るだろうか、禅師を擬くだろうか。
 古来来訪神は神と鬼の二面を持つが、イシスのカリントウは愛のアテンションでコーティングされている。

 

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  • 深谷もと佳

    編集的先達:最相葉月。自作物語で朗読ライブ、ブラonブラウスの魅せブラ・ブラ。レディー・モトカは破天荒な無頼派にみえて、人情に厚い。趣味は筋トレ。編集工学を体現する世界唯一の美容師。

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