ジャイアン問答【不足篇】――46[守]新師範代登板記 ♯17

2021/03/12(金)12:00
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編集は不足から生まれる
 今だから正直に言うが、ジャイアンは学衆の頃から、この言葉を掴みかねていた。師範代になってからもしばらく茫洋としていたのだが、ここにきてようやく、「これだ!」と思えるようになった。
 教えてくれたのは、学衆――3人の先生だった。

 

◆「編集は不足から生まれる」篇
 
 一人目の「先生」は、角道ジャイアン教室の最年少、大学4年生の堀井隆太郎さんだ。彼は「法政大学第95代応援団長」の顔も持つ。
「大学4年間、キャンパス内を学ランで過ごしました。1、2年生の時は坊主頭です。弱みや隙を見せちゃだめだと信じてここまで来ました。応援団に捧げた学生時代でした。
 父は第2期の六本木拈華美翔庵教室の出身で、その父の勧めで受講しました。父からは“オンラインだから自分のペースでできる”と聞いていたのですが、お題に悩むことが多く、丸一日考え込むこともありました」
 堀井さんは決して弱音を吐かない。だがその分、抱え込んでしまい、回答は遅れがちになった。弱みや隙を見せずに来た堀井さんは、自信のない回答を放ることができなかったのだ。番ボーでも、自分の中で納得できる作品に仕上げてから回答した。
「汁講で、山根尚子師範から“学ランのボタンを外していいよ”と言われたのが衝撃でした。ピシッとしていない自分を出す、という発想がなかったんです。どう変わったか、ですか? 回答を途中で出してもいい、困っていると口に出してもいいんだって気づいて、取り組み方が変わりました」

▲母校の第19代総長と校長の対談本『日本問答』を手にする第95代応援団長・堀井隆太郎さん。


 2人目の「先生」は、生まれも育ちも大阪の川口大貴さんだ。知り合いの師範代経験者(西村慧・45[守]アフロル・テクノ教室師範代)を通じてイシスの存在を知ったが、「ホームページを見てもサッパリ分からなかった」という。尋ねても「行けば分かるよ」しか教えてくれない。
「そこで、イシス編集学校のウェブから無料の『編集力チェック』を試してみたんです。梅澤奈央師範代に指南いただいたんですが、それが素晴らしすぎて。どうしてこんな表現ができるのかと思って、守をやってみることにしました」
 教室のムードメーカーとして常に場を賑やかにしてくれた川口さんだったが、回答がひとたび止まると、1週間以上沈黙してしまうこともザラだった。
「昔から完璧主義のところがあって、出すなら100にしたい。うまくいかないと手が止まってしまいました。7、8割のものでもいい、と気づいたのは、第2回番ボーのミメロギアじゃないですかね。回答と指南のラリーを数多く重ねるには、100まで待っていたら間に合いません」

 進破を最後まで悩んでいたが、相談した西村師範代から「なぜ迷う必要があるの?」と言われ動揺。同じ教室の松岡さんの「破にみんないくもんだと思ってました」のひと言にぐらつき、このインタビューでジャイアンから「悩んでるって時点で……ねぇ」とトドメを刺され、46破へ進むことに。

▲用法1の途中で「師範代になる!」宣言をした川口大貴さんだが、進破は悩んだ。

 

 最後の「先生」は、小松原一樹さんだ。教室の仲間からは「オジキ」と慕われている。某銀行の役員を務めていた小松原さんは、当時の同僚からイシスのことを教わったのだという。
「イシスで知的な遊びの仕方を教えて貰ってる、と考えるとすごい贅沢な話ですよね」と小松原さんは振り返るが、当初は不足を指摘する指南に戸惑いも多かったという。
「経験も重ねてきましたので、回答も自信を持って“どうだ!”と出していました。ところが師範代から“もっとこうしたら?”と指摘されるでしょ? 正直、悔しいんですよ。用法2の途中で、“彩回答の鬼になる”宣言をしたのも、そうでも言わないとやってられないから(笑)」
 変わるきっかけは、2回目の汁講だった。
「部下にも“いい加減なものを持ってくるな”と口を酸っぱく言ってましたからね。中途半端な状態で回答を提出することに躊躇があった。でも節分汁講で、川野貴志師範や山根師範の話を伺って、“仮留め上等”の意味がわかってハードルが下がりました。彩回答前提で放って、師範代と一緒に練り上げていく、という感覚が掴めてきた気がします」

▲彩回答の鬼・小松原一樹さん。46破でも暴れてくれるに違いない。

 

 堀井さん、川口さん、小松原さん。3人とも、最初から「7、8割の出来でいいんでしょ?」と回答を放っていたわけではない。100を目指して向き合ったからこそ、現時点での自分の「不足」に気づいた。そしてその「不足」を臆することなく、師範代に投げてきた。回答として、時には質問として。
 ジャイアンは彼らの声を受け止めて初めて、「編集は不足から生まれる」という言葉に得心した。「不足」は尽くすからこそ見えてくる。編集は尽くすことから始まるのだ。

 

 3月7日、46守の全教室に鍵がかけられた。
 ジャイアンはこの日、教室に寄せられた学衆9人の回答をすべて読み返した。
 ジャイアンは気づいた。ジャイアンには素敵な先生が9人もいたのだ。得たのは「不足」だけじゃなかった。
 角道ジャイアン教室でいちばん学んだのは、誰であろう師範代のジャイアンだった。

 

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